4月の中旬に、
pp et nido
と題された展覧会の葉書が届きました。わたくしが大好きなneonさんこと、大倉ひとみさんの作品展の案内でございました。そして、かつて中藤毅彦さんの写真展ですてきなコラボレーションをされていた谷中のnidoで、今度は、考えただけでわくわくしてしまうneonさんとのコラボが拝見できるというのです。
ppとnidoと題されているようにneonさんの作品は「ピアニシモな建築たち」なのでありました。nidoの素敵な額に飾られ、neonさんが惚れ、そして温められた建築は小さな小さなサイズではございましたが、そこから立ち昇る小さな町の空気、外壁の匂い、そういったものが発散してくる濃密な作品群でございました。
またトイピアノの上に飾られましたジュエルケース的なボックス、その中に納まる、これまた可愛らしい絵の数々は圧巻で、手にとって遊んでくださいと気さくな声をかけてくださるneonさんのお言葉に甘えて、掌のなかでそれらあてはかな作品を転がしてみたのでした。
(※追記:nidoの雰囲気、そしてトイピアノの上で踊る作品たちの圧巻の様子はneonさんのブログ・エントリーから垣間見ることができます。「N的画譚:pp et nido~ピアニシモな建築たち~ 始まりました」)
作品展はゴールデンウィークいっぱいの5月6日まで開かれております。みなさまも足を運ばれてみてはいかがでしょうか。
@nido(11:00~20:00 水曜休み)

(手元に届きました素敵な案内状。宛名面には楽譜がテクスチュアとしてありましたので、倣って譜を敷いてみました。)
2:03 AM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
hommageというテーマでエントリーをアップしている途中ですが、28日の新聞、夕刊を捲っておりましたら、パっと目に飛び込んできた写真がございました。
堂々たる、見事な、そして装飾の美しい橋。そしてその中央を路面電車が抜けてゆく。これは隅田川を日本橋浜町から、江東区新大橋へと結ぶ、旧・新大橋の姿でした。
この日の毎日新聞(東京)夕刊のグラフ・ページ「eye」では「失われた水辺の風景」と題し、上記、旧・新大橋、聖路加病院を背景に築地川、テアトル東京を背景に京橋と京橋川、佃の渡し、そして埋め立て工事中の楓川の各写真が掲載されておりました。
写真を撮影されたのは、都立日比谷図書館の資料課長でありました池田信氏とのこと(最終ポストは旧都立多摩教育会館館長のようです)。変わりゆく東京を1961年から72年まで、休日を使って記録し続け、その数、2万数千点におよぶライフワークであったと紹介がございました。
記事でも触れておりましたが、かつての東京は「東洋のベニス」と称賛され、幕末から明治初期に訪れた多くの外国人達を魅了したのだそうです。これは単に景観美ということだけでなく、まさに江戸期から築かれてきた文化であったわけです。
池田氏は、そんな過去を顧みない当時の風潮に危機感を募らせ、まだ残る面影を求めてシャッターを切っていったのだそうです。
その膨大なフィルムが2005年にご遺族より毎日新聞社へ寄贈され、このたび「1960年代の東京 路面電車の走る水の都の記憶」と題され、3月17日、同社より写真集として刊行されるとのことです。
追記: amazon.co.jpでは、08年2月29日現在、「1960年代の東京 路面電車の走る水の都の記憶」の予約を受け付けているようです。
3:17 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
拙ブログ、「Star Navigation(2)」のエントリーにてご紹介しましたホクレア号は、5月11日に国内4番目の寄港地、福岡に到着しております。
ところでこの舟のクルーで、写真家でもある内野加奈子さんのブログにて、長い航海を経て沖縄の島影が見えたときのことを綴ったエントリー「遠く海の彼方、沖縄の島影」がアップされました。
島影が見えたときは
『喜びも興奮も安堵も、思い描いていたものは何も出てこなかった。』
そうです。そして、
『かわりに湧き上がってきたのは、ただ感謝の思い。』
だったそうです。
想い、描き、動き、共有し、そして得られたものだけが発することができるリアルに、甚く感動いたしました。
(内野さんの写真作品はkanaphotography.comで閲覧することができます。
わたくしは、まるで雲の上を飛んでいるかのようなイルカの群れの作品が大好きです。)
(trackback to "遠く海の彼方、沖縄の島影" on "ホクレア、日本へ")
11:32 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
昨夜は体調が優れず暗室作業をしませんでしたが、今日はさらによくない。。。
ところでハンガリー発のファイナンシャル・ジャーナルによるこの記事(リンク先は英文)
によりますと、白黒感剤を製造しておりますハンガリーのFORTEは2006年に1億5千万ハンガリーフォリント(およそ9千3百万円)を超える損失を被ったとのこと。そして今年2月には生産をストップし全従業員を解雇すると。
記事中注目すべきは、05年窮地に陥ったフォルテは資本が代わり社名を変え本社を移していた。そのときは利益をあげた。さらにドイツとフランスの競争相手の脱落(筆者注:ドイツのメーカーはアグファ・フォトのことと思われます)はさらにフォルテの前途に光を与えた、はずであった!
ところがそれら閉鎖した2社の商品が市場に流れ、供給過剰になり、その煽りをフォルテはもろに喰ってしまったようなのです。確かに人気のあったアグファの印画紙はマスターロールを買い取ったところから市場に流れ、最近では日本国内でも購入できるようになっておりました。
さてフォルテの白黒フィルムと印画紙、現像液は数年前より近代インターナショナルさんの扱いで国内の量販店に並んでいましたので利用された方も多いと思います。
わたくしなどは最近RC紙、FB紙ともにフォルテを気に入って使っておりましたので、ありゃまぁ! どうしましょ! 状態なのでございます。
では現在まだ店舗の棚に残っている商品を買い溜めるか、となりますと、第2第3のフォルテを生み出すことに加担する可能性があるわけですよ。
そこで現在白黒感剤を頑張って供給している富士フィルム、サイバーグラフィック社のオリエンタル印画紙、そしてイルフォード・フォトを中心に印画紙もセレクトしてゆこうと考えさせられた記事でございました。
7:19 PM permalink | comments (9) | trackbacks (0)
日頃お世話になっているモノクロ写真フォーラムでの投稿により、一旦は8ミリムービー(シングル8)用のフィルム製造販売と現像サービス業務の終了を決めた富士フイルム株式会社が、その業務終了延期を記した文章を発表したことを知りました。
この件は昨日(07.1.11.)の毎日新聞・夕刊でも記事になっており、さらなる詳細を知ることができました。
その記事によりますと、現役映画人から「8ミリ文化の灯を消すな」という声があがり、映画評論家氏が「フィルム文化を存続させる会」を結成、事業存続をフジ側と話し合ってきたとのこと。フジは設備を更新、修理して数年をめどに存続を決定、さらに会は今後もフジと協力し、さらに長く継続できる具体策を検討してゆくとのことです。
ところで一旦は業務の終了を決定したフジですが、そのとき採算性だけを考慮した決定ではなく企業側にも大きな苦心があったのではないかと今回想像するに至りました。前述の「フィルム文化を存続させる会」ブログを拝見しておりますと、フジ社内の業務マシンも随分トラブル、故障を抱えていたようです。こういったマシンは新たに製造されているわけではないと思いますので、当時からの機を大切にメンテナンスしながら業務を続けていたのでしょうね。わたくしも機械を使ってサービスを提供する職にありますから、このように現在の主流ではなく、利用される機会は減ってはいるものの、それでもお客様からの需要がなくならないマシンのケアにつきまして、その尽力は想像に容易いのでございます。
そういった企業側の尽力と、それを促した「会」の動きにはたいへん思うところがあり、このエントリーを記したのですが、どうぞ銀塩写真趣味のみなさまも「フィルム文化を存続させる会」ブログをお読みになることをお勧めいたします。とくに「フィルム文化を存続させる会発足にあたって」というエントリーは一読に値すると思います。
8:13 PM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
20世紀に活躍し、ドイツ・オーストリア音楽において多大なる功績を残され、名実ともに最高の名花であったソプラノ歌手、エリザベート・シュワルツコップさんが8月3日、オーストリアのご自宅でお亡くなりになったそうです。90歳とのこと。
報道では彼女が稀代のモーツァルト歌いであったとする紹介がほとんどです。確かにオペラ「フィガロの結婚」の伯爵夫人役など18番でしたからね。しかしマーラーやR・シュトラウスなどの後期ロマン派において素晴らしい歌を聴かせてくれるのも事実です。僕は20年ほど前にオットー・クレンペラー指揮によるマーラー「交響曲第4番ト長調」のLPレコードを聴いたとき、たったひとつのブレス(息つぎ)がいかに音楽歌唱において重要であるかをしっかりと理解させられ、いたく心を揺さぶられました。
彼女がオペラ界から退いたのが1970年代末ですから80年になってからクラシック音楽を楽しむようになった僕は、その生の歌声に触れる機会は一度もありませんでした。ところがそんな僕の心の中においても不世出のソプラノ歌手であることは間違いありません。
この偉大なる名花の死を悼んでR・シュトラウス「4つの最後の歌」聴こうと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)