嗚呼、これらの歌唱に魅了されます。ふたつめは日本人による詞曲ですが、繊細なファルセット・ヴォイスで本場ものを彷彿とさせるのではないでしょうか。こちらSP盤からコピーされた音源のようで、スクラッチ・ノイズも雰囲気を高めているようです。
数日間、家内の実家へ行って参ります。ハワイイでなく残念。
continue reading "残暑のお見舞いを申し上げます。"
2:27 AM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
ここは東京、渋谷。駅前からかつての大和田横町を抜け、道玄坂を渡って、百軒店へ。その百軒店も反対側へ抜け、円山町のホテル街にあるライブハウスへ。
彼女の出身地方【追記:注】は、彼女曰く、これ以上田舎なところは他所にないほど田舎なのだそうです。そして彼女はその地にある泉のほとりへ出掛け、ひとり、笛を吹くことがあるそうです。彼女の笛の音色が汚れなく澄んでいて、それを聴くわたしたちの心をも浄化するような響きであるのは、彼女が過ごしてきた斯様な環境が大きく影響しているのかもしれません。
篠笛、神楽笛を吹く、ことさんのライブを渋谷7th FLOORへ4月14日、新月の日に、聴きにゆきました。
和ものの笛ですが、彼女が此処で奏でる音楽はあくまでもインストゥルメント・ポップスと云えばいいのでしょうか。ドラム、Eベース、ピアノ、アコギをバックに従えた編成。そうですねぇ、例えば世界遺産の番組(ってまだ放送されているのかしら?)のようなもののオープニング・テーマにしたらとてもマッチしそうですし、映画のサウンドトラックとしてもよさそう。すなわち音楽だけを聴いていますと映像を喚起する力があるのかもしれません。
シンプルなビートのうえに、たゆたう時間を乗せたメロウな曲、奇数拍子に複雑なメロディ、多彩な展開を持つアッパー曲など、どれも楽しい。
そしてことさんの笛。ピーっと高い音域を吹いても決して耳が痛くならないのですが、これは和楽器特有の性格という以上に、細やかな装飾音がたくさんついて、そしてロングトーンの最中も息の加減が微妙にコントロールされる奏法に大きく依っているのかもしれません。さらには笛を持ち替えてアルトな音域になりますとその柔らかさに空気の密度が一層増すようにも思えます。
そしてそれらは甚く澄んでいて美しいのです。
彼女は広島の県北部の山間で盛んに行なわれているそうな神楽団(石見神楽の系流のようです)の一員を父にもつ、いわばエリート。ここまでの笛吹きになるまで血のにじむような努力があったのでしょう。そして得た音色は先に記しましたように、わたくしが訪れたことがない美しい日本の、その水に洗われて育まれてきたのでしょう。
ライブハウスを後にして、駅まで戻る途中、再び百軒店へはいってゆきました。こんな時間の此処には怪しい店に導こうとポン引きたちがうろうろしているのですが、声をかけてきたうちの一人は、わたくしに「兄さん、もう一軒どう?」と訊いてきたのです。「もう一軒どう?」と。
果たして、わたくしはそんなに満足げな顔をしていたのでしょうか?
【追記:注】風情溢るる田舎は、彼女のご賢父様の出身地とのこと、ご教示いただきました。ご本人は斯様な処へ神楽の鍛錬のために通い続けたとのことでした。
誤記に関しまして、関係各位様にご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます。(22年4月16日)
10:01 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
ポジ・フィルムで撮った写真を画像データにし、アンドロイドに詰め込んできたものを、ボーンズ、スプーンズを鳴らし、あの上半身を固定した特殊なダンスも習っているという若者に見せながら、それらの撮影をしてからもう10年ほど経つのだと、わたくし自身は感慨に浸っていたのでした。
ユーラシア大陸の東の端のさらに先にある島国から、広い広いその大陸の西の端のその先にある島国、アイルランドへ訪れたのは2000年のことでございました。
ダブリンの楽器屋の店主、クロンマクノイズの学芸員の兄ちゃん、ゴールウェイのホテルの人たち、アデア村のパブで一緒にサッカー(TV観戦)を見ようと誘ってくれた初老の紳士。あの国のことでいちばんに思い出すのは、いま挙げた人たちのこと。彼ら彼女らの気さくで、優しい性格に支えられながら旅を続けたことでした。
continue reading "西の端の気さくな人たち、東の端の心地よい若ものたち"
10:27 PM permalink | comments (4) | trackbacks (1)
イタリア映画と云えば、フェデリコ・フェリーニのことを思い出す人が多いと思います。そのフェリーニの代表作「8 1/2」は、創作活動における自身の姿をだぶらせ、クランクインが迫るのにまったくアイデアが浮かばない映画監督を描きながら、実際の映画は完璧なアート・フィルムとなった希有な作品。
其処には1960年代に映画を作るということはどういうことなのか、人を愛するということはどういうことなのか、自分とは何者なのか、そういった哲学的なメッセージが彼方此方に散りばめられていたように思えます。
その「8 1/2」をベースにスクリプトが書かれたミュージカル「NINE」の映画版を見て参りました。
監督は、これもミュージカルの映画化を為した「CICAGO」のロブ・マーシャル、グイド・コンティーニにダニエル・デイ・ルイス、その他豪華女優陣。

continue reading "付加された1/2は音楽と踊りが担っているそうです"
10:59 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
2回ほど続けたメキシコ(音楽)から、きょうはイタリアへ飛んでみましょうか。
イタリアの民俗歌謡(?)といってよいのかもしれません、カンツォーネってほとんど馴染みがございませんでした。ところが先日、あるところでNilla Pizziという歌手の音源を聴く機会がございまして、これが素晴らしくて甚く気に入ってしまったのでした。
英語のwikiが寂しい状態ですが(ちなみに、わたくしには無理なのですが伊太利亜語が解るかたはこちらへ)、SPの時代、1944年に初めてのレコードが出てから、50年代、60年代が活動の中心で、現在に至っても芸能活動をしていらっしゃるようです。そのキャリアのなかで燦然と輝くのが第1回サンレモ音楽祭(1951)の優勝という栄誉のようです。
わたくしは彼女の50年代の音源を(LPで)聴いたのですが、その後中古レコードで探してもまったく見つからず、再発されているCD(たいていはベスト盤的なもの)にもお目当ての楽曲がございませんでした。そこでiTunes Storeから(著作隣接権が切れた音源を利用してリリースされた=これは合法です)、ベスト・アルバムを購入したのでした。
continue reading "サンレモから届いた一輪の華"
9:52 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
前回エントリーを書きながらYouTubeを巡ってみました。
リラ・ダウンズの魅力はこのクリップひとつで伝わるのではないでしょうか?
こちらはデュエットもの。主旋律を歌っているのはEugenia Leon(エウヘニア・レオン)。Eugeniaのことはよく知りませんが、こちらもメキシコの大物歌手のようです。
この「La Brujja」という曲も映画「フリーダ」で扱われており、フリーダ役の主演女優Salma Hayek(サルマ・ハエック)によって、フリーダが酔って歌うシーンで使われておりました。
Eugenia Leon & Lila Downs "LA BRUJJA"
とてもよいメロディ。そしてアルトな声に魅せられます。
そして、踊って踊って踊りまくるライブのパワーがもの凄いとのことですが、日本で観ることは(国内盤が1枚もない!)叶わないかもしれませんね。
6:00 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)

フリーダ・カーロについては、もう此処であれこれと記す必要はないでしょう。小児麻痺に苦しみ、交通事故で瀕死の重傷を負い、さらには未熟な手術を何度も受け、生涯にわたり痛みを伴った身体、そして美術家(壁画家)である夫との一時の幸せを経ながらも結局は彼との関係で心までとことん傷ついていった。そんな女性の内側と外側を自身の絵筆に託し、カンバスにぶつけていった人。彼女の伝記映画「フリーダ」を見たのはもう7、8年前になると思いますが、あの映画には歌が満ちていたことを鮮明に記憶しております。
その歌に満ちた映画の歌を聴きたくサウンドトラック盤はすぐに購入いたしました。
continue reading "メキシコの空を飛ぶハチドリの羽ごとく極彩の(1)"
10:15 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
何がわたくしを惹き付けるのでしょうか?
1960年代のポピュラーヴォーカル。
この時期のLPレコードは中域がブ厚く(一部スクラッチノイズの影響を隠すための処理とも言われておりますが)、要のヴォーカルのリアリティに富んでいる、そんな音のことだけでなく、魅了される何かがあるように思えます。
ときに、世界の状況がシビアになって、音楽の世界でもロックやSSWが台頭してきており、甘い浮き世ごとを歌うポピュラーソングにリアリティが失われてきたのかもしれません。多くの歌手が引退を強いられたり、また路線変更を余儀なくさせられたころ、時代錯誤とも捉えられる音楽を続けてゆくことに、焦燥感や諦念だけではない何かを信じる気持ちが其処にあったのかもしれません。
65年に生まれたわたくしにとって、その時代のことをリアルには知らないからこそ、何故か無性に恋い焦がれてしまうのかもしれません。
Peggy Lee / Big $pender (1966 / Capitol / Stereo)
Peggy Leeは50年代にリリースした「Black Coffee」がもっとも有名なアルバムなのでしょう。このハスキーなヴォーカルに魅了された人たちがたくさんいるようでございます。60年代になってまいりますと、その声はもう少しふくよかになったように思えます。そして決して熱く歌い上げることのないソフトでクールな魅力にも磨きがかかってきたのではないでしょうか。
continue reading "ナインティーンシックスティーズ(3)"
10:28 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
雑感:We Are The World 25 for Haiti
映画「This Is It」からブレイクしたOrianthiに続いて、We Are The World 25 for HaitiからはNicole Scherzingerではないかしらん?
そう、全員コーラスのなかで白いタンクトップを着ている別嬪さんです。
Orianthiより上手いギタリストは沢山いるでしょうし、(失礼ながら)容姿だって、、、
それでもステージ上でのOrianthiには「華」がありましたね。そのプレイ・スタイルに魅せられたのはわたしひとりではなかったようです。
Nicoleは、The Pussycat Dollsというヴォーカル・ダンス・グループ、まぁ所謂、アイドル・グループのリード・ヴォーカリストとのこと(PCDと略すそうですから、以降はそれに倣います)。
アイドルとはいえリードを務めているからには米国ではきちんと歌えることが最低条件。そして詩曲も書くそうですから将来的な幅を期待できそうです。PCDを(日本風に言うと)卒業して、もっと広い層へ訴える楽曲でソロ・デビューしたらブレイクしそうだと思いませんか?
このオフィシャル・ビデオのサムネイル(トップ)画像、中央の女性です。
continue reading "華 -It means the enchanted, not the flowers-"
8:46 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
(動画を再生しただけでは募金できませんので、お気軽に再生してください。)
continue reading "【続・急】We Are The World 25 For Haiti"
3:10 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
発売を控えて一番最初に行なうマスタリング(或いはカッティング)作業時、少なくともその作品のプロデューサーは立ち会っているでしょう。アーティストが立ち会うようになったのはいつごろからでしょうか? アーティストがレコード制作において現在のような立場になるのは、恐らくはロックやSSW(Singer Song Writer)が台頭してきてからのような気がいたします。よって60年代後半、もしくは70年代になってからかもしれません。しかし、いずれにしろ制作に関わった人間がきちんとジャッジメントしているということは重要です。制作意図に沿わない処理にはNGをだしていたことでしょう。
もちろん現在でも(初出時の)マスタリング作業にはプロデューサー、アーティスト立会いのもと行なわれます。其処にはユーザーに「こう聴いていただきたい」という意思が込められているのです。
continue reading "リマスタリングの功罪(4)"
6:55 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
マスタリング作業を済ませた音源は、複製プレスされる工場へ運ばれ、いくつかの工程を経てCDに大量複製されます。
ところで昨今、リマスターとか、リマスタリングといった(処理が行なわれた)盤が市場で販売されているのは周知の通りでございます。
これらは既に一度CDとして発売するためのマスタリング作業を済ませているタイトルを「理由があって」再度マスタリングをしなおし(故にRe-Mastering)、再発売されている商品のことを指しております。
その「理由」とは、多くの場合、これらの商品はCD初期に一度マスタリングをされて商品化されていましたが、その後のデジタル機器の進化を経て、より物理特性のよい条件でマスタリングをしなおし、ユーザーに喜んでいただきたいという願いがあって(再商品化が)行われているのでしょう。
continue reading "リマスタリングの功罪(3)"
1:35 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
大昔の音楽録音では、大きなラッパ状のもの=集音器の前で歌手も伴奏者も演奏をして、集音された音=振動がそのままレコード原盤の溝を切っていたのだそうです。(ベルリナーによる円盤レコードは1887年に発明されました。)これをアコースティック録音と呼んでいます。
それが電気吹き込みと呼ばれる時代になり集音器はマイクロフォンにとって替わり、また直接原盤を切るのではなく、いったん磁気テープに録音(1940年代ごろから)をしておいてから、後に原盤を切る作業(カッティング)を経てゆくことになります。ポリ塩化ビニルを用いたLP、EP盤はこのころに登場してきます。
continue reading "リマスタリングの功罪(2)"
8:50 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
CD(Compact Disc)という音楽メディアが世に出回り始めた頃の商品には従来のアナログ・レコードと比べて如何にCDが優秀なメディアであるかを説明したページがブックレットのなかにございました。
それによりますとCDはアナログ・レコードに比べてダイナミックレンジ(小さな音と、大きな音の幅)が広く、ノイズも少ないということが大きな利点として挙げられておりました。
continue reading "リマスタリングの功罪(1)"
5:53 PM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
アコーディオンは船乗りたちによって世界中に広められたと彼女はお話しされておりましたが、それでは何故アコーディオンが船に乗っていったのかと疑問に思ったのです。狭い船内に持ち込みやすい小型の楽器といえばギターなどが思い浮かぶものですからね。ところが彼女が弾くアコーディオンの音を聴いているうちに、オルガン?って、ふと思ったのでした。
京島のLOVEGARDENにて、またまた素敵なフライトがあるとのことで1月30日に行ってまいりました。今回はアコーディオン・ソロ、岩城里江子さんのライブでした。
岩城さんが弾かれる楽曲を聴きながら、わたくしは時折アイルランド、クロンマクノイズの初代ケルト統一王になったり、ハワイイのさとうきび畑で収穫をする農夫になったり、メコン川をくだる船頭になったり、はたまたシシリー島では映写技師になってみたりと世界中を駆け巡ったのでした。
ところでアコーディオンという楽器はそのからだに不似合いなほど大きな音もでてきます。それで和音がなると、ぶわっと会場が音で満ちてしまう。またとてもとても繊細な音量で、みんなの意識を惹き付けながら、ふわっと耳を包み込んでくれるのです。これは楽器がもつ性格でもありながら、それを表現のなかにしっかりと自分の音として具現化させる岩城さんのプレイに依るところが大きかったのだと思います。そんなアコーディオンの音を聴いていましたらオルガンの音色と表現の幅を思い出したのでした。
もしかしたらヨーロッパの船乗りたちは、長旅の船上でも教会のスケジュールを執り行っていたのではないか、そのためにオルガンを持ち運ぶことはできないのでアコーディオンで代わりを行なったのではないか、、、そんなことを考えたのですよ。そもそもアコーディオンとオルガンは同じ仲間の楽器(発音原理)なのですからね。音色も似ていて当然なのです。
ということで、そんなことはなかったのだろうかと帰宅後にネットを巡ってみましたら、やっとバンドネオンを紹介したwikiのページに「野外での教会の儀式で、パイプオルガンの代用に使われたということである。」とあったのでした。野外かぁ、それが船上であってもいいかもしれない、、、と一人勝手に納得させたのでした。
関連エントリー
●LOVEGARDEN: Rieko Iwaki ノスタルジー♬
●らくん家: ブルームーンの夜@ラブガーデン
●漂泊のブロガー2: アコーディオンソロ@京島
●東京クリップ: ブルームーン@京島
●af_blog: 時間
●MyPlace: 岩城里江子 Live in Love Garden
11:59 PM permalink | comments (10) | trackbacks (1)
企画の決定から実施まで猛スピードで進んでいった感がございます。事の緊急性を考えると、それは正しいことであったでしょう。そしてそのために恐らくは数百人のスタッフが何日も寝ずに準備を進めたのではないか、そんな彼らの努力に対しても大きな拍手を贈らなければならないと思ったのでした。
ハイチの地震から一週間を経て発表された「Hope for Haiti now」の企画、そしてその4日後(地震発生から10日後)の開催と、音源のリリース。
こんなチャリティ・ショーはいままでなかったことではないかしら?
弊宅ではCS放送など観ることができないのですが、放送の翌日から予想通りYouTubeにはどんどん番組がアップロードされ、ほぼ内容を把握することができました。Stevie WonderやBruce Springsteen、Neil Youngといった超ベテランから、U2のメンバー、Sting、Madonnaなどの80年代組、そして00年代のキラ星たち。このクラスのアーティストのプレイはほんとうに安心して観、聴きすることができます。
そのライブ音源が、放送後、直ちにiTunes Storeにアップされて購入可能になるとは(当初は米国内にアカウントを持つユーザーだけが購入可能だったはずですが、日本国内のアカウントで購入できるようになったのはいつからでしょう? 今日iTunesからの配信メールで知ったのでした。)正しくデジタル時代のチャリティ・ショーではなかったでしょうか。早速ポチっとしてしまいましたよ。
通常リリースをS社と契約しているアーティストたち(Alicia Keys、Beyonce、Christina Aguilera、Bruce Springsteen、、、けっこう参加している、、、)の音源も揃ってアップされているのが有難いです。
個人的にはColdplayのイカした曲(書き下ろし?)、Shakiraの変幻自在な声色、Madonnaが89年にリリースした懐かしいLike A Prayer、そしてThe Edgeのギターの格好よさに魅せられ、AguileraとBeyonceはともに薄いオケで歌いましたが両者のパワーには圧倒させられ、さらにはStevie Wonderによる(「明日に架ける橋」に入る前の)Time To Loveの深い深い歌唱には麻痺させられました。
(関連エントリー)
● MADCONNECTION: Hope for Haiti Now
● MY Favorite Things: 今だって,何かができるはず
(画像クリックでiTunes Storeへ / 上記画像コピーライトはiTunes K.K)
11:59 PM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
旧東独逸の国営レコード会社でありました、ドイツ・シャルプラッテン(が為した仕事)の素晴らしさを認識したのは英EMIから発売されたリヒャルト・シュトラウスのオペラ「ナクソス島のアリアドネ」、ルドルフ・ケンペ指揮のLPを数年前に入手したときです。
これはシュターツカペレ・ドレスデン(国立歌劇場管弦楽団、当時)と、そのドレスデンの名歌手たちをたっぷりと起用し、プリマドンナに西側から絶世の美声を誇ったグンドラ・ヤノヴィッツを招聘し録音された、発売当時から(CDでも発売されていますが)超有名な盤でした。ところがわたくしは斯様な誉れ高い名盤ではありますが、発売元が英EMIということで、録音の質はあまり期待しておりませんでした。
continue reading "カーテンの向こうのビロード(2)"
11:54 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
東ドイツというのは不可思議な国であったというのが、国際情勢とか政治の門外漢であるわたくしの率直な思いです。東側の国であったはずなのに、人も物資もだいぶ西側と行き来があったように感じられるのです。その反面、ベルリンの壁が象徴していたように分断があったことも事実なわけです。
わたくしが面識ある唯一その国に生まれた音楽家トルステン・ラッシュは、いまでこそゲンダイオンガクや映画音楽の作曲家ですが、学生時代は東ベルリンでバンド活動しておりました。ところがインディーチャートの上位に食い込むといった人気ぶりは西ベルリンでのこと、わたくしにはまったく?なことであります(おそらくは放送電波などが情報の媒介となっていたのでしょう)。
前回、追悼記事を書きましたオトマール・スウィトナー氏はオーストリア出身で、西側でキャリアをスタートしたのだそうですが、1960年にドレスデン国立歌劇場(現、ザクセン州立歌劇場)に着任してからは、以降ベルリン国立歌劇場と、活動を東ドイツを中心に行なっていたとのことです。(詳しくは、wiki)
ところでスウィトナー氏が指揮を振った多くの音源は、東ドイツの国営企業でありましたドイツ・シャルプラッテンが制作しておりました。
東側のレコード・レーベルでは旧ソ連邦のメロディアが有名ですが、メロディアの悲惨な音に比べて、シャルプラッテンはいま聴いても惚れ惚れする素晴らしい音が魅力です。
前回ご紹介した「フィガロ」も「魔笛」もそのシャルプラッテン・サウンドを堪能できる作品。わたしが所有している「フィガロ」はこのシャルプラッテンを米国で販売していたセラフィム・レーベルの盤で、米国の音らしいカッティング処理を経ており、ブライトでジョリっとした仕上がりになっておりますが、音楽的な魅力を減じてはおらず、逆にスウィトナーのキビキビした演奏にとてもマッチしております。そしてなによりシャルプラッテンによる元々の録音が素晴らしいので活き活きとしたドタバタ・オペラが表されております。
このようにシャルプラッテンの音源は当時から様々な国で紹介されており、日本でもいくつかのレコード・メーカーによってLPの時代から知られた存在であったと思います。東の崩壊後、主立った音源はベルリン・クラシックというレーベルが引き継いでおりますが、いくつかのライセンスは他国のレーベルも所持しているようで、「魔笛」のほうはRCA CLASSICSレーベルとして(これも)米国BMGから発売されたCD。こちらもジョリジョリした米国風サウンドが付加されてしまっておりますが(おそらくは彼らの機材を通過しただけで、こういった味付けが加わるのではないかと想像)、やはり元々の録音が優秀なのは一聴にして判る名盤。
ことほど左様に旧東独というカーテンの向こうで、シャルプラッテンというレコード・レーベルは、冷戦まっただ中の1960年代においても現代に通じる素晴らしい仕事を為していたということに興味が尽きません。
11:59 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
アンコール・プレスされたことで、再び店頭に並んだBeatles In Mono。限定版と謳っておりましたから慌てて購入された方も多く、そういった方々からは、このアンコール・プレスに対して不満もでているようですね。
ところでステレオ・ボックス・ヴァージョンには、USBメモリ・タイプが新登場とのこと。なかなか可愛らしい意匠の商品となっていますね(わたしは買いませんけれど)。
16ギガのUSBメモリに14枚分のアルバムとドキュメント映像、ジャケット、ブックレットのデータが収納され、音源はFLAC (44.1KHz, 24bit)と、320KbpsのMP3の2種ファイル・フォーマットで用意されているそうです。
折角の可逆圧縮ファイルですがFLACのため直接iTunesで読めないのが残念なところでしょうか。
1:22 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
クリスマスとなれば「ピンポンパンのクリスマス」というLPを楽しんでおりました。幼少のころのことです。わたくしの世代ですと歌のお姉さんは、この番組の代名詞的存在でありました酒井ゆきえさんではなく、初代の渡辺直子さんでして、そのアルバムも渡辺さんの歌がフューチャーされているものでした。おそらく盤の状態がひどくなってしまったのでしょう、その盤は既にかつてどこかで処分してしまったようですが、もし現在も所有していれば娘に聴かせてあげたかったななどと思うのであります。
そんなわたくし、そしてわが家におけるクリスマス音楽は前回エントリーしましたようにカーペンターズによる「Christmas Collection」が担ってくれているのですが、今年はそれに加え、もう1枚仲間を増やしてみたのでした。
Connie Francis / Christmas In My Heart (original 1966 / Stereo)
ポピュラーヴォーカルの歌姫、Connie Francisによるクリスマス・アルバムです。
オリジナル・リリースは66年のようでステレオ盤。わたくしが購入したLPは後年に廉価盤として再リリースされたもののようですが、オーケストラがしっかりとした技術で収録されており聴きごたえがありますし、コニーも当時まだまだ20歳代後半ですから若々しいのは当然。なかでも「I'll Be Home For Christmas」はコニーの歌声にとてもマッチしていて、こんなに良い曲だったのだと再認識させられました珠玉のトラック。
そしてB面の「Silent Night! Holy Night!」以降、「O Little Town Of Bethlehem」、「The First Noel」、「Ave Maria(シューベルト版)」と続く流れにわが心は昇天させられます。
CDならばこちら。ボーナストラック1曲追加です。「Christmas in My Heart」。中古ならば安く入手できそうですね。
4:15 AM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
前回エントリーにてご紹介させていただきましたMakalaniさんのライブでは、聖夜まであとひと月ほど、ということでクリスマス・ソングのインスト・ギターによるメドレー・プレイもございました。
そのMakalaniさんのお勧めのクリスマス・アルバムはカーペンターズのものとのこと、MCにて紹介されておりました。そのアルバムはわが家でも毎年のクリスマス時期にはパワープレイされる人気盤なのでございます。
このアルバムは78年リリースの「Christmas Portrait」と74年作の「Santa Claus Is Comin' To Town」を加えた84年リリースの「An Old-Fashioned Christmas」をカップリングしてCD化した2枚組。彼方此方でリチャード・カーペンターのアレンジが冴える好アルバムになっております。もちろんカレンさんの歌声も凛としながら優しく訴えかける、あのカーペンターズ・サウンドなのですよ。
わたくしからも大推薦のアルバムです。
12:13 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
Makalani @ L.G.Haus13
生活のかほりが路地にまで浸みでてきている街を歩くのは心地よいではないですか。
東武亀戸線、小村井駅を降り、文花から京島へ。表通りを避け、裏道を抜けてゆきますと、ときおり家と家の間から建設中の濹東峻絶塔の姿が、もう陽の落ちた晩秋の夕景色、街景色を脅嚇するがごとく現れてまいります。
21日の土曜はリニューアルとなりました京島のLOVEGARDENへ。詳細は此処、其処、そしてもちろん何処(?)でもご覧いただけますように、Makalaniさんの匂いやかな歌と開放弦の豊かな響きを活かしたスラック・キー・ギターの和音は、此処京島にゆるやかに響き、たゆたう時間の流れを堪能させていただきました。
continue reading "あはれ濹東に峻絶塔哀し、されどL.G.HAUS楽し也"
5:07 PM permalink | comments (6) | trackbacks (0)
Cilla Black / Surround Yourself with Cilla (1969 / Stereo)
タヴァーン・クラブとは、The Beatlesがレコード・デビューする前に出演していたライブハウスですが、Cilla Black(本名:Priscilla Maria Veronica White)は其処の店員だったのだそうです。
wikiによりますと、ジョン・レノンによってブライアン・エプスタインに紹介され、最初のオーディションは失敗したものの、その後63年にはエプスタインの唯一の女性シンガーとして契約できたとのこと。Lennon and McCartneyからの楽曲提供も多かったようですが、当時日本ではどの程度知名度があったのでしょうか。
この「Surround Yourself with Cilla」は彼女の4枚目のアルバムで、もちろんジョージ・マーティンのプロデュース。ブリブリのブリティッシュ・ロックのビートを基盤にゴージャスなホーン、ストリングス、各セクションが加わったアレンジが格別に良いのです。
今回はそこそこの質のLP盤を入手することができましたが、CDで購入するとしても彼女の音源は国内盤では皆無(かつてはどうだったのでしょうか?)ですから、ブラジルの大河や大手CDショップから輸入盤で、ということになってしまいます(ただし、このアルバムは見かけないのです)。
あるいは、iTunes Storeでは今年全アルバムがアップされたようですので狙い目かもしれません。
ところで失礼ながら彼女は決して美人ではないと思うのですが、ジェケットに写っているようにスラっとした長い足が素敵ですし、サイケデリックな柄のミニワンピースは60年代を感じさせ、こういう格好よさは大きなジャケットのLPであることで一層魅力が増しているように思えます。
continue reading "ナインティーンシックスティーズ(1)"
11:19 PM permalink | comments (3) | trackbacks (0)
やはり、注目度が高いのでチャート情報を載せておきましょう。
9/21付け(調査期間9/7〜9/13)ORICON BiZによりますと、9月9日に発売されましたThe Beatlesのリマスター商品のうち、もっとも売れているものは「The Beatles BOX」(ステレオ盤のほうのボックスですね)で、期間内推定売上枚数3万5千強でアルバム・チャート6位。次に「The Beatles in MONO」が2万強で10位。単品ではアビイロードがもっとも売れていまして12位。ボックスもののほうが売れるのですねぇ。
そしてイエローサブマリンの60位がもっとも低い数字ですが、その順位まで全てのリマスターアイテムがチャートインしておりました。
ちなみにこの号のアルバム・チャート1位は倉木麻衣さんの「ALL MY BEST」推定売上枚数13万7千強。
WEB上では、ここ(http://www.oricon.co.jp/rank/)でチャートが確認できます。
9:28 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
あ、そうなのですね。インターネットは海外通販も楽ちんだったのでした。
社の若い子が言うには、Beatles in Monoは購入しようとしたら既に売り切れだったため、英国のショップに注文したとのこと。だから、未だ到着していない。
わたくしは、社の帰りに「リマスタリングの誘惑(1)」に記しましたように「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」のリマスター盤を購入してまいりました。
全体的なファット感は過剰になってなく、一皮剥けたようにグっと前にくるサウンドに頬が緩みます。
continue reading "リマスタリングの誘惑(4)"
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
注目度が高かったモノラル仕様のボックスセット「Beatles In Mono」は、12日深夜の段階で、amazonも、HMVでも既に売り切れであります。
あなたの町のCD店には、まだ在庫があるでしょうかね?
欲しかったのに間に合わなかった方々は、いずれ分売されることを...期待ですね。
2:42 AM permalink | comments (6) | trackbacks (0)
昨夜、ちょっと神宮外苑に寄り道をしていましたので(詳しくはまた後日。決してスワローズではないのです。)、帰りがかなり遅くなりましたが、皆様から教えていただいた「タモリ倶楽部 -リマスターがやってくる ヤァ!ヤァ!ヤァ! 発覚!? ビートルズ47年目の真実-」の放送にはギリギリ間に合いました。
旧盤と最新リマスター盤との聴き比べですが、テレビの音声でありながらもよく判って、なるほど、と思いましたです。
ヴォーカルやコーラスからは、古めかしいブライトさが消えて、とてもきれいに、スムーズになっていました。ギターのリフのディストーション加減もよく見える(聴こえる)ようになっておりましたし、背景に溶けていた和音も随分立ってきているように感じられました反面、ストリングス・セクションを起用した曲では内声部のピッチ感の悪さも若干露呈されているように聴こえてきました。あくまでも、テレビでの鑑賞ですが...
ただしそのテレビで聴いているわりには、全体的にファットな印象があり、これをあらためてCDで聴いたときに、その傾向が過剰なことになっていなければよいなぁと思ったのですが、みなさまは如何に聴かれましたでしょうか?
その後のNHKの番組(BBCが基本制作のようです)「よみがえるビートルズ 完全版」は、スタジオでの映像がふんだんに使われてはいたものの、これからThe Beatlesを聴いてみよう、楽しんでみようという方々向けの番組のようで、ちょっと残念でした。ところで1枚の静止画をパンニングによって動かす、あの演出はどうにかならないものでしょうか。多用しすぎで辟易しました。
12:02 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
2009年9月9日、The Beatlesのオリジナル・アルバムが最新リマスタリング作業を経て全世界同時発売されました。
http://www.emimusic.jp/beatles/special/20090909.htm
リマスタリングというのは、オリジナルのマスターテープ、The Beatlesの場合は60年代のアナログ・テープをデジタルデータに変換し、音を調整してCDのプレス工場へ持ってゆけるフォーマットを作成する作業にあたります。
彼らのアルバムは、当然ながら、当時はアナログ・ディスクとして発売されており(そのときはレコード・プレス工場へ持ってゆける盤に)マスタリング、またはカッティングと呼ばれる作業を行っております。さらには87年に初めてCD化されたときにもマスタリング作業を経ているわけですから、今回のような作業の場合「リ」マスタリングと呼んでいるわけです。
ところでこのタイミングで何故リマスタリングが行なわれたのでしょうか。あくまでも想像の域をでませんが、おおかた初のCD化から20年以上経過していますし、マスタリングに伴うデジタル技術(ハードウェア面)も進歩してきていますから、このあたりでもう一度、最新のハードを使って今まで以上の音クオリティを目指してマスタリングをしなおし、ユーザーに喜んでいただこうというのが制作の主旨ではないでしょうか。
ところで このような過去の音源をリマスタリングして発売するのは、ロックやポップスに限らず、ジャズやクラシック音楽でも多く為されており、制作者のピュアな意図を知りつつも、消費者の立場から見ますと、手を変え(音を変え)ることで品を変えて、既にその音源を所有しているユーザーに対しても新たな商品としてアピールしている様が少々鼻につくのでございます。
昨今、音楽が売れにくい状況が続いており、殊にCDというパッケージ商品の衰退は厳しいものがございます。こういったご時勢のなか、The Beatlesという、バンド解散後も常に時代時代において一定の売上をあげることができる、いわば伝家の宝刀を(リマスタリングして)商品化したことに、メーカー・サイドの危機感と焦燥感を一部感じながらも、4年もの歳月を懸けて取り組んだ成果を是非聴いてみたい誘惑に捕われるのです。
87年の初CD化のときにはSgt. Pepper'sを購入していましたから、今回も同じものを購入し、聴き比べてみようと思うのですが1枚あたり2,600円という金額にかなり引いているのは事実です。
8:34 PM permalink | comments (8) | trackbacks (0)
The Beatlesのアルバム(群)がリマスターされて発売となりました。
http://www.emimusic.jp/beatles/special/20090909.htm
言いたいことが沢山あるのですが、それはまた今度。
11:55 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
蒸し暑いので爽やかな音楽を聴きたく、こんなものを探してみました。
懐かしいアール・クルーの楽曲。演奏シーンを収めた動画が見当たらないのが残念でしたが一服の清涼飲料のように体内にひろがる響き。
彼のアルバムでは1stの「EARL KLUGH」や、ボブ・ジェームスとのコラボ「One on One」のほうが有名かもしれませんが、わたくしはこの曲が収録されています「Finger Painting」が好きなのです。
そして、ジョージ・ベンソンのブリージン。あぁ、心地よい。
ついでにマスカレードも。
これらベンソンの2曲は全米1位となったアルバム「Breezin」に収められていましたね。
そしてこちら、
Grover Washington Jr. - Just The Two Of Us
懐かしいです。
この曲は'80年リリースの「Winelight」に収録されていますが、Bill Withersによるヴォーカルを伴ったこの曲(上記リンク先の動画に登場するヴォーカリストはWithersではなく、Zack Sanderという方のようです。7月9日追記)には、当時ベストセラーとなっておりましたあの人の小説から流行となった語を引っ張ってきたのでしょう、「クリスタルの恋人達」という読むのが恥ずかしくなるような邦題が与えられておりました。
その当時は、ジョージ・ベンソンも、ワシントンJrの曲もそんなに好きではなかったのです。ところが高校の帰りに立ち寄る喫茶店では毎度のようにかかっていましたので身体に染み付いているのでしょうね。ですからこうして30年近く経ってふと思い出し、いいなぁ、なんて思うのです。然もワシントンJrのバックは、ほぼStuffなのですからね。
当時のバンド・サウンドになくてはならなかったFender RHODES。

10:13 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
クラシック音楽ばかり聴いているわけではないのです。
6日の土曜日にはブラジル音楽とサンバのクラブ・イベントへ行って参りました。湿度が高くなってきた季節に熱い音楽は心地よいです。
ブラジル音楽と云っても昨今は中南米から北米に至る大文化圏のミクスチャーが進んでいるようでして、すなわちヒップホップやレゲエ、そしてローカルなもののエッセンスが詰まっていまして、正直、米国のポップより面白いです。
そして、そんなものを日本人がやると詰まらなくなると云うのはかつてのこと。出演者の中でベテラン組はまさにその象徴。わたくしと同じ世代ですね。若すぎる現役学生バンドもエンターテイメントなのですが、もしも世に出ることができても一発屋に終わってしまう儚さ脆さがありますが、ブラジルでの演奏経験者をバンマスにもった20歳代後半組は上手にエッセンスのなかのエッセンス取りに成功しておりまして、これまたおそらく現地にはない面白さがあると思いますし、それをそのままリオなのか、サン・パウロなのか、に持っていったら、ちょっと変わったものとしてかなり面白ろがられるのではないかと思うのです。
それにしてもどの演奏にもステップを踏み、自分のリズムにして受け入れてゆくダンサー組の女のこたちの元気のよさ。ニッポンのサンバ・ダンサーたちに幸あれ。
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
フランク・ロイド・ライトの設計により建てられました豊島区西池袋に位置します自由学園明日館はたいへん有名な建築物でございます。そしてその南側、昭和2年に建った講堂はライトの弟子である遠藤新によって設計されたのだそうです。
わたくしはかつてその講堂にて友人のパントマイムと朗読と音楽による劇「プラテーロ」の音響を担当したことがございました。決して音楽専用のホールではございませんが、友人が弾く19世紀に製造されたギターがたいへん心地よく鳴っていたことが深く心に残っております。(拙サイト「プラテーロ」の写真はこちら)
自由学園の講堂が建てられた少し後の昭和7年。現横浜市港北区では古典主義建築の第一人者と呼ばれていたそうな長野宇平治によって「大倉精神文化研究所」の本館が建てられました。現在、横浜市に寄贈され様々な文化交流の場として活用されております「大倉山記念館」のことでございます。
6月3日の水曜日、日没の少し前、わたくしはその大倉山記念館へ、かつてのオーナー大倉邦彦がおそらくは精神文化研究の発表でも行ったのでありましょう、建物内のホールへと出かけたのでした。
11:33 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
意外にも埋まった客席、とはいえ7割くらいでしょうか。それでもゲンダイオンガクの演奏会としては、なかなかな集客であったように思われます。ところで、この日のコンサートへ、はじめの3曲のいずれか、或いはいずれもを目当てに来た聴衆はどの程度いたのでしょうか。
ほとんどの聴衆は、次に演奏される協奏曲の独奏者が庄司紗矢香さんであったことで、彼女の演奏を目当てに来たのではないかと思うのです。
ジェルジ・リゲティ(1923-2006)作曲、
「ヴァイオリン協奏曲(1992版)」。
この「尾高賞」とN響委嘱作品を演奏するイベントであります「Music Tomorrow 2009」において、そのどちらの範疇でもない、外国の巨匠による楽曲が用意されているのです。これまさに庄司さんの人気で観客動員を増そうという狙いだったのでしょうか? 会場にはヴァイオリンのはいったケースを大事そうに抱える学生さんでしょうか、そして頬下にヴァイオリニストの証しをもった方も見られましたし、またいかにも若い女性演奏家を好きそうな怪しげなオジサンたちもちらほら。
庄司紗矢香さんといえば1999年に史上最年少でパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝し一気にスターダムへ上がったヴァイオリニストですが、もう10年経ったのですね。
わたくしは今回初めて彼女の演奏を聴かせていただきました。
胸に垂れた長い髪を背中へはらい、指揮のノット氏へ微笑みます。準備ができました、或いは、さあ、いきましょう。
最弱音からアルペジオをクレッシェンドさせて始まり息つく暇もない第1楽章。
2楽章は鄙びた旋律が印象的。リゲティ氏の故郷、ルーマニアはトランシルヴァニア地方の民謡から題材を採ったのでしょうか? 楽章前半はフレーズの語尾にだけ、そして後半はたっぷりとフレーズの全体にわたってヴィブラートをかけていた庄司さんのプレイ、美しい楽章でした。
金属片や針金が重層的に折り重なり、そしてそれがひとつの塊になったような印象の3楽章、耽溺的な4楽章を経て、最終楽章、最後のカデンツァの凄まじさ。
いやぁ、楽曲もよければ、演奏も素晴らしかったです。
この庄司さんをソリストに迎えた演奏は6月28日(日)21:00〜22:00のNHK教育「N響アワー」にて放送されるようです(今月6日に演奏予定のプロコフィエフの協奏曲も併せて放送されるとのこと)。えっ、庄司さんが演奏した曲だけなのですか?
と思いきや「Music Tomorrow 2009」としての放送は7月3日 10:00からBS2にて、またBS Hiでは7月26日 18:00からだそうです。あら、うちはBS受信できませぬ。
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
ステージ上のダブカル+コンバスの9名は単純な弦5部としてではなく、9重奏として活用されていますので、この人数でも出てくる音楽に厚みがあります。
平成21年6月1日、東京オペラシティ「武満メモリアルホール」
「Music Tomorrow 2009」
ジョナサン・ノット指揮、NHK交響楽団演奏
第57回尾高賞受賞曲
藤倉大氏の「secret forest for ensemble」が始まりました。
弦楽器を演奏する弓は、指揮者の指先、バトンと糸でつながっているという想定。
そう、それはマリオネットをイメージしているのだそうです。指揮者に制御された演奏家たち。
そして楽曲名にあります「forest」は客席にあるようです。
ここでの「forest=森」は、鼻がむず痒くなったりしない、あくまでも藤倉氏の頭の中で想像される「森」だそうで、客席のところどころに配置されました木金管奏者たちはみな楽器をレインスティックという雨の擬音を発する打楽器に持ち替えて「森」の世界を現出させてゆきます。客席中央にはファゴット奏者が「人」として存在しているのですが、彼のフレーズはなんと呑気なのでしょう。まるで熱帯の森の中に、場違いな道化師が現れたようです。面白いなぁ。
そしてこのときステージ上の弦楽奏者たちは「弓」を捨て、マンドリンのようにチャカチャカチャカチャカと弾いてゆきます。制御からの解放でしょうか。道化のフレーズを聴いたマリオネットは魂を注がれて「人」になったのでしょうか?
面白すぎます。
2:04 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
拙ブログ「おもちゃのピアノって、ひどく悲しい音で響きませんか?」で記しました、おもちゃのピアノ(トイ・ピアノ)をも一部使って協奏曲を書いたのは藤倉大という英国在住の作曲家でございました。
その彼の2008年作品「secret forest for ensemble」が今年の「尾高賞」を受賞し、そのお披露目の場であります「Music Tomorrow 2009」でジョナサン・ノット指揮、NHK交響楽団によりまして演奏されるとのこと、久しぶりに初台の東京オペラシティ「武満メモリアルホール」へ行ってまいりました。
「Music Tomorrow」は尾高賞受賞曲と、N響による委嘱作品を中心に演奏披露されるイベントで、今回、藤倉氏とともに受賞されました原田敬子氏の「echo montage for orchestra」、そしてN響委嘱作品で世界初演となる斉木由美氏の「Morphogenesis」の2曲がこの日の前半を飾り演奏されました。
ともに巨大な編成のオーケストラを使っての作品。原田氏の曲は3部構成でバス・フルートのベース音が印象的であった第2部目が秀逸だと感じました。
斉木氏の曲は虫の発する音をモチーフに、タイトルであります「Morphogenesis」=「形態形成」すなわち生物がつくられる過程を、音が発せられ、それが音楽としてかたち為してゆく過程を想定しながら作曲されたようですが、そのような事前情報(開演前にプレトークがあったのです)によって、音楽が進んでゆき楽想ががらりと変化した際にわたしの脳裏に過りましたのは「ミューテイション」または「コピー・ミス」という言葉。楽曲の後半はカンサーからデスなのでしょうか?
休憩を挟みステージの上はだいぶ簡素な編成となりました。ステージ上には22221、すなわちダブカル(ダブル・クワルテット)+コントラバスの9名の弦楽奏者、客席のところどころに8名の木・金管奏者が配置される空間配置にも凝った(前述の原田氏の作品もヴァイオリン奏者が2名づつ2階バルコニー席の左右で弾く配置が施されていました)楽曲、藤倉大氏の「secret forest for ensemble」が始まりました。
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
若気の至りだったのでしょう、日本語のロックなんて一切認めておりませんでした。まだローリング・ストーンズがコンスタントに新作を発表しており、ピストルズやダムドさえ知ってしまったころ、この国の音楽にいったい何を求めればよかったのでしょうか。
それでもスローバラードという3拍子の日本語ロッカバラードを聴き、スローバラードが曲中歌のことを指していることに気づいてからは、その曲を歌う男たちの歌だけは信じていいと思ったことがございました。
その後時代はバブルの熱にうなされはじめ、わたくしは音楽の世界で仕事をするようになりましたが、もう反逆の精神だなんて過去の遺物でしかなくなって、ロックの姿も様変わりしてしまいましたが、それでもその男の歌だけはいつも尖っていて、社会との軋轢を彼ひとりだけが担っていたように思えます。
これすなわちこの国でロッカーは彼ひとりだったと。
continue reading "あの男はいまなにに乗っているのだろうか"
5:38 AM permalink | comments (8) | trackbacks (0)
日頃、音楽の評論、評文をほとんど読みません。音楽家が書いた文章はおもしろく、こちらは読むことが好きなのですけれど、評論家の先生の文章は必要としていないと云いますより、あまり信用していないのが本音です。
そんな偏見を持つわたくしですが、最近(購読している)毎日新聞で音楽評や、コラムを書いていらっしゃる(同新聞社学芸部専門編集委員)梅津時比古氏の文章はなかなかおもしろく、楽しみにしているのです。
その梅津氏が夕刊で連載されているコラム、先週分はある地方都市でおこなわれたクラシック・コンサートのステージ評が掲載されたのでした。
仕事から帰宅し、遅い夕食をひとりで摂りつつ拝読したその回のコラムに、わたくしは涙が溢れそうになるほどひどく哀しい気分になったのでした。
continue reading "おもちゃのピアノって、ひどく悲しい音で響きませんか?"
11:00 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
カサンドラ・ウィルソンの代表的なアルバム「New Moon Daughter」に収められたニール・ヤングの名曲「Harvest Moon」はイメージを喚起する力の強い作品であるように思います。
たとえば小さなカフェの、通りに面した席で、雨が流れる窓の向こう、ときおり過ぎる濡れた路面を跳ね上げる車の音、酔人の嬌声、深夜に行き交う音の流れの向こうを。
continue reading "移ろう時のなかで、もっとも輝く中秋の"
3:26 AM permalink | comments (7) | trackbacks (0)
多忙を言い訳に、このブログの更新を一月以上もサボっていました。
文章を書くということに、まったく集中力を維持できなかったのです。そのような時期に、わたしくしを癒し続けてくれたのは、R・シュトラウスのオペラでした。
この19世紀後半から、20世紀前半に架けて活躍した作曲家、一般的にはキューブリックが映画化した「2001年宇宙の旅」で使用された「ツァラトストラはかく語りき」の導入部の音楽がもっとも有名でしょう。それでもこの曲からは、彼の音楽の魅力のほんの一部しか表れていないのです。
彼は、この曲のような交響詩というジャンルをキャリアの前半に書きまくりましたが、後年は、ひたすらオペラの作曲に精を出すことになります。
過剰な言葉と、こってりと美しい旋律、豊穣なオーケストラ。20世紀中盤になっても、19世紀を引き摺ったようなスタイルを貫き通した彼の曲は、保守的かもしれませんが、抗えない美しさに満ちているのです。
一幕あたり、およそ60分前後の長さは、通勤時のBGに適しておりまして、毎日の電車のなかで、リーザ・デラ・カーザ、ヒルデ・ギューデン、グンドラ・ヤノヴィッツ、ルチア・ポップやディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの歌声を聴きながら「薔薇の騎士」「アラベラ」「ダフネ」「カプリッチョ」などを取替えひっかえ聴き続けておりました。
7月にはいって、ようやっと落ち着いてきた感がありましたが、本日も通勤。
ところで今朝選んだ楽曲は、一気に時代を遡り、18世紀へ。モーツァルトの美しい宗教曲、「ハ短調の大ミサ曲」でした。悲壮なキリエで始まる、このミサ曲を聴くと、心洗われるような気持ちになるのです。
そのような気分を味わいたくなったのは、ひとえに前の晩の体験が因を為しておりました。
普段番組表も見ないわたくしですが、iGaさんのMADCONNECTIONを拝読していましたら、これは見なければ、という番組が紹介されておりました。
NHK教育テレビ「芸術劇場」にて、スティーヴ・ライヒの特集、すなわち情報系コーナーと、来日コンサート・ライブ、そしてスタジオ収録のライブが用意されていたのです。
10年と少し前、1996年、わたくしはライヒ氏の実演を観に、常磐自動車道を経て、水戸まで、かの地の芸術館コンサートホールまで出かけていったのでした。そのときは「クラッピング・ミュージック」「ドラミング」「六重奏曲」「ピアノ・フェイズ」、そして古典四重奏団による「ディファレント・トレインズ」を楽しんだのですが、そのとき、どの曲においても、わたくしは、音が発せられた後に来るディケイまたはリリース、すなわち減衰してゆく音が、いかに次の音(のアタック)によってかき消されるのか、また和音の推移によっていかなる共鳴のうねりが生じるのかといったことばかり聴いていたように憶えております。そしてそれがミニマル・ミュージックと呼ばれるジャンルの音楽の楽しみ方の唯一の方法(もちろんそれが唯一の鑑賞法でないことは明白ですが、当時のわたくしは理解不足でした)であるとも思っておりました。
ところで、昨日の番組内、本年5月に来日した彼のコンサートライブ、では、日本初演となった最新作「ダニエル・ヴァリエーションズ」が披露されました。
弦楽四重奏に、鍵盤パーカッション類、3台のピアノに声楽を伴ったこの新曲。痛々しい響きが、最終章で浄化されてゆくように立ち昇っていったことに瑞々しい感動を覚えました。この曲、テロリストによって殺害されたアメリカ人記者・ダニエル・パールの言葉と、旧約聖書のダニエルの書によるテキストを創造の根幹としているのですが、このような響きがライヒの音楽にもあるのだと、あらためて、氏の創造性の豊かさを感じるとともに、ミニマル・ミュージックの真価と進化を認めることができた貴重な時間でした。
今朝、モーツァルトのミサ曲を選んだのは、その「浄化」というキーワードを引き摺っていたため。まったく異なる時代の、異なるアプローチの音楽でもってその気分を再び感じ入ったのですが、音楽というものは、百家百首とでもいうように、幅が広く、奥が深いものであると、あらためて思ったのでした。
そう、そういえば、リヒャルト・シュトラウスのオペラ「ダフネ」のフィナーレも、最後は月桂樹だけが歌うのです、という作曲者の言葉どおり、ダフネは、欲望の虜となったアポロの悔恨の念を受け入れ、自らの気持ちを純化し、そのダフネの心の浄化を象徴するがごとく月桂樹に変容を遂げてゆくのでした。
・わたくしの大好きなブログ、mbさんによるmemorandaにもライヒ氏の番組が記事となっておりました。
・「ダニエル・ヴァリエーションズ」に感動を覚えたのは、わたくしだけではなく、af_blogのfuRuさんも、なんて素敵なことでしょうか、涙溢れるほど心を動かされたようでございます。
※7月6日追記:上記本文にて『弦楽四重奏に、鍵盤パーカッション類、3台のピアノに声楽を伴ったこの新曲』と、ダニエル・ヴァリエーションズの楽器編成を記したのですが、iGaさんのエントリーに追加で挿入されたクリップ画像を拝見するに、ピアノは4台でありました。あと木管2本ね(これは憶えていたのですけどね...)。
11:59 PM permalink | comments (6) | trackbacks (0)
最近、音楽ブログ化しているAcross the Street Soundsです(^^;
先週、2007年度のグラミー賞が発表され授賞式が行なわれました。最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、新人賞、すなわち主要4部門中の3部門、および女性ポップヴォーカル、ポップヴォーカルアルバムの各賞をエイミー・ワインハウスが独占することになりました。また米国へのビザが発給されず授賞式に参列、出演できない彼女のために英国からの中継でライブを届けるという異例もニュースになる熱狂ぶりが伝わってまいりました。
エイミー・ワインハウスは、日本での(国内盤)リリースが遅れ、英米に比べて知名度は今一歩伸びていないかもしれませんが、今回の受賞を機に、いきなりメジャー・トップのアーティストとして認知されるでしょう。ところがドラッグやアルコール依存症を始めとする、お騒がせアーティストとしても有名ですから、そういった面が先走りしており、また、声がサラ・ヴォーンに似ている、いや、ビリー・ホリデイだ、なんて騒がれて(サラとビリーは全然違うのにね)本来の音楽性をきちんと評価されていないような気がいたします。
ご存じない方は、誤解なきよう、彼女はジャズ・シンガーではございませんで、グラミー賞では「ポップ」カテゴリーでの受賞もありましたが、カテゴリーで云えば(モダン)R&Bの範疇でしょう。
さて、エイミー・ワインハウスの音楽で、もっとも魅力的なのは、やはり彼女の声の質なのではないでしょうか。太い声ですが、張りがあり、わたくしはとても好きな声です。
そして、なにより恰好いいのが、あの、リズムのズラし、スカし、カワし、彼女の真骨頂ともいえる表現で、それがとても面白く、気持ちの良い効果を与えていると思われます。
(本エントリー末尾に、追記挿入いたしました。 08年2月24日)
continue reading "ズラし、スカし、カワす。"
7:47 PM permalink | comments (12) | trackbacks (0)
この大晦日、ひさびさに家族で紅白歌合戦を見ています。番組自体何年ぶりに見るのでしょうか。調べてみますと、1999年の回以来でございました。それをよく憶えているのは三波春夫さんが出場し(最後の出場であり、その15ヵ月後に他界されました)、声の衰えは隠せなかったものの、「お客様は神様です」と繰り返した方らしく最高のエンターテインメントを披露されていたこと。そして天童よしみさんが「川の流れのように」を歌ったこと。天童さんは上手ですね。声の張り、豊かな声量、安定したピッチとリズム。どれをとっても不足ない、最高の演歌歌手でしょう。
ただ残念なことに、その天童さんも往年の美空ひばりと比較しますと、たったひとつだけ、足りないものがあるようです。
美空さんが15歳で歌った「リンゴ追分」の凄まじさ、23歳での「哀愁波止場」、25歳「ひばりの佐渡情話」などなど、また別の表れかたでは28歳時にリリースされました「ひばりジャズを歌うーナット・キング・コールをしのんで」というアルバムの中での「慕情」など、日本大衆芸能を代表するようなメロディから、米国のスタンダードまで、どうしようもなくわたくしの心を捕らえます。
天童さんは、その素晴らしい技術でもって当代最高の演歌歌手だと思いますが、美空さんは、楽曲のジャンルが如何にあれ、それがジャンルを超えた「うた」になっていること。その卓越した歌唱にしびれるのです。
もうすぐ年越しです。わたくしは時期をはずしてしまいましたが、一昨日に手にいれました美空ひばりさんのクリスマスソング、チューブラベルの音、ストリングス編曲が冬景色を想起させます「ひとりぼっちのクリスマス」のやわらかな「うた」を聴きながら平成20年を迎えたいと思います。(braryさん、素敵な曲を教えてくださって、ありがとうございます!)
みなさまもよい御年をお迎えください。
11:50 PM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
ホクレア号の日本人クルーで、写真家の内野加奈子さんは今年2007年のハワイイから日本への航海で、その最終目的地、日本の島影、正しくは沖縄の島影が見えたとき、自分に見えたものは「はじまり」だったと、旅の終わりではあるのに、そうどんなに自分に言い聞かせても、こころが感じるのは「はじまり」だったと、彼女のブログで書かれておりました。
7月27日金曜の晩、久しぶりに南青山にございますライブハウス「MANDARA」に訪れました。わたくしにホクレア号の存在を教えてくださったアーティスト、Psalmのライブを楽しみにしていたのです。
ここMANDARAは、サウンドにうるさいミュージシャンも多く出演しておりますし、アコースティックものも数多く、Psalmのような25弦琴と、ヴォーカル・パフォーマンスによる音楽も、上手に鳴らせてくれると期待はしておりますが、それでもPsalmをはじめて観たときは完全生音によるライブでありましたので、PAを通した彼女たちの演奏に触れるのは今回で初めて。あの完全生音で伝わってきた心地よい世界観がどれだけ伝わってくるのかは全く未知数なのでございました。
ところがオープニング曲が始まりますと、まずヴォーカルの玉井夕海さんの艶やかで、伸びのある歌声が、しっかりとわたくしの心を捕らえました。拾音が難しい琴の音もまずまずでございました。いや、そんなことはどうでもよくて、かりんさんの、曲とともに流れ、刻み、謡い、跳ねる、琴の調べは創造的で、そのアレンジの秀逸さは琴という古の楽器の、新しい響きを求めて止みませんでした。そしてお二人の声は、上になり下になり、聴かせどころを心得たハーモニー・アレンジを伴って、それを聴くわたくしたちの心を海へ、空へ導いてゆくのでした。
途中、わたしたちのわらべ歌をPsalmアレンジにて数曲披露されるコーナーもありまして、これはどうやらシリーズ化してゆきたいとのこと。レパートリーが充分に揃えば、企画ものの録音物ができてしまいそうなクオリティでしたので、とても楽しみなシリーズとなります。
さて、この夏、彼女たちPsalmは旅に出るのだそうです。8月15日、北海道・二風谷を皮切りに、夕張、札幌、江別。新潟、富山、彦根、一宮、福井・武生、京都、大坂・築港、枚方、神戸、岡山・玉野、今治、高松、福岡、長崎、熊本、そして9月29日天草へと。
この旅を通じて、彼女たちはなにに出会うのでしょう。そして表現はどうなってゆくのでしょう。まったく興味が尽きません。
もしこのブログを読んでくださっている方で、お近くにお住まいの方がいらっしゃいましたら、是非ライブ会場へ行かれることをお勧めいたします。まだ詳細等明確になっていない会場もあるようですので、わたくし宛にメールをくだされば、間にはいって、メッセンジャー役を担わせていただきたく存じます。
またこの旅に先立ち、去る7月20日のライブ(こちらにも行きたかったのですが、仕事が抜けられず残念でした。)より、ミニアルバムのCDがライブ会場で販売開始されました。わたくしもMANDARAの会場にて購入し、帰宅直後聴いてみましたが、ミニアルバムではもったいない、もっともっと聴いていたい気にさせられました。逆に云いますと全5曲のミニアルバムだからこそ、彼女たちの魅力が凝縮され、同時に飢餓感も与えられる内容なのだと思います。

この夏の旅が、Psalmにとって、忘れられない時間となりますことを願ってやみません。
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
夕方から小雨模様となった金曜、混み合う新宿の街、人の波を縫って2丁目へ。
ピアニストの友人と仕事の話しをする予定から一転、彼女が大推薦するアーティスト・菅野邦彦さんが2丁目の「非常口」という怪しげなクラブでのイベントに出演されるとのことで駆けつけたのです。
演奏前に友人より紹介してもらった菅野さんは齢70歳代とのことですが、ポジティブな感情が豊かで、たいへん若々しい。どんな音を出されるのか興味津々です。
ライブはドラム、ベース、パーカッション、ギター&ヴォイス、チェロ、そして菅野さんのキーボードという6人編成が輪となりフロア中央に、わたしたち客はその周りを囲み親密な雰囲気が溢れた中で行われました。チェロ弾きの女性だけが若手で、あとはベテラン勢によるアンサンブルは、ブラジルを基盤にルーズなグルーブを派生させる素晴らしいもの。かっこいい。
20歳代後半から30歳代がほとんどであるこの店の客層の中で、見事なほどマッチしたゆったりとした時間の流れを作り出し、ラウンジ独特の雰囲気が心地よかったです。
その中で鍵盤に不思議な改造を施したキーボードを弾く菅野さんの音は温かく、そしてどこまでも寛容なのです。もう完全にヤラれてしまいました。菅野さんが作り出す音世界に惚れてしまったのですよ。
イベントはどうやらオールで行われるようでしたが、その夜はおとなしく、未練たっぷりに、終電に乗ることが出来る時間に辞してきたのですが、また是非聴きに来よう、ようし追っかけるぞぉ、という気持ちで一杯になりました。
そして次回は菅野さんのかっこいい演奏姿を撮らせていただこう。
11:58 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
今朝、実家に収納したままになっていたアナログのレコード・プレイヤーを取りにゆきました。そしてこれまた放置していたレコードを、その全ては無理でしたが、10枚くらいを適当にピックアップして持ち帰ってきました。
うる覚えのアームの調整。確かバランスをとった後に規定の針圧をかけるんだったよな。
そしてレコードを載せ回してみます。クォーツ・ロック制御のモーターはまだ生きていました。それはたいして高価なプレイヤーではありませんが、どんなに優れたプレイヤーでも駆動系はクォーツによる制御とモーター・ダイレクト駆動で無いものは音質をどうのこうのと語る以前に、音楽を聴く装置としての安定性にマイナスであると思っています。より古く伝統的なものには備わっていない、往時の最新技術を侮ることなかれ。あと安定面ではアームのバランスと歪曲面をトレースする性能。音質的にはボディやパーツの耐震とカートリッジそのもの、と言ったところでしょうか。
かけたのはカール・ベーム指揮のシューベルト・第9交響曲ハ長調。1963年録音のベルリンフィルによる演奏。この曲、CDではバーンスタイン指揮、ウィーンフィルのものを愛聴してきたのですが、ベーム盤はイイ! ゆったりとしたテンポ、ベルリン・イエスキリスト教会の深い残響、ソナタ形式を浮き彫りにしてゆくバランス。
そういえば、カール・ベームについて過去にこんな拙文を書いておりました。
・Johannes Brahms
・Karl Bohm
次にロベール・カサドシュのピアノ、ジョージ・セル指揮、クリーブランド・オケのモーツァルト、ピアノ・コンチェルト21番と24番。いいレコードです。また実家へ行って残りのレコードも持ってこよう。久々に聴きたい演奏が随分とあることでしょう。
ところで、レコードが回っているところを初めて間近で見た娘は、
「ああ、これキュッキュッキュッ!ってするやつでしょ。」ですと、、、まったく最近の若い奴はァ。
11:59 PM permalink | comments (10) | trackbacks (1)
