さて、村上龍氏著の「歌うクジラ 上下巻」ですが、階級による住み分けと極度の合理化が完遂された二十二世紀の日本が舞台であります。
タナカアキラという十五歳の主人公は、クチチュと呼ばれる突然変異を起こした人種のひとりや、反乱移民のメンバーや、猿と中国人の混血などの衝撃的な脇役たちと出会いながら、旅(移動)を続け、目的の人物に辿り着く物語です。
このような筋ですから、村上氏が描く未来社会描写そのものが批評の要点となることが多いと容易に想像させられますし、また『主人公がさまざまな試練を経て成長する古典的教養小説にきわめて近い』(『』内 毎日新聞 '10.11.28 書評 三浦雅司氏による筆から引用)や、『ダンテの神曲を模したもの』(日経新聞 '10.12.5 井口時男氏)など大胆な比定も見られました。
ところで、わたくしはそれらの評とは異なる観点からこの未来小説を捉えたのでした。
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7:37 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
「未来言語のための未来文学の勧め、未来文学のために未来言語へ進め への前書き」
村上龍氏の最新作「歌うクジラ 上下巻」を単行本で購入したのは、ドコモから昨年中は無料で配布されておりましたアンドロイド版が、わたしの端末のOSヴァージョン (1.6)では動かなかったからです。ドコモによるサポートの体たらくと、最新OSにしか対応しないアプリ(歌うクジラ アンドロイド版はドキュメント・ファイルではなく、アプリになっているのです)配信の理不尽にはしっかりとクレームをさせていただきましたが、その返信は甚く丁寧ではございましたけれど、該当端末へのOSUGは未定であると鰾膠もないものでした。
アンドロイドにおいては、端末のルート権限をキャリア側が保持しているのが最大の問題点かもしれません。(この件は、また、そのうちに。)
ところでそのアンドロイド版にて読書を楽しんだ社の先輩(Galaxy S所有の輩)が感じたことに、そのアプリでは文章が横書きで記されているようで、通常縦書きで読む日本語文学に慣れていると、たいへん読み辛いものであったそうです。わたくしは、まぁ只なのですから仕方ないじゃありませんかと申し上げたのですが、横書きの小説は確かに、可成り、読み辛いことだと思います。
ということで、明日に続きます。
9:29 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
松も鏡も開けてしまいましたが、拙ブログをお読みになられております皆様へご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
正月三が日を例年のごとく家内の実家にて過ごしておりましたが、その退屈な時間、義父とこたつにはいって、みかんを食べていたかどうかは忘れましたが、つまらない正月特番のテレビを見ていたときのことです。イタリアの観光名所を視聴者のメールによって人気順位を表し、その場所を映像で紹介をするという、退屈極まりない番組でした。そして結果第一位に選ばれたのはベネチアの街でございました。狭い水路を縫ってゆくゴンドラの映像を、ぼうっと眺めていたとき、ふと、そういえばこの(わたしは訪れたことのない)ベネチアの街を舞台にした映画を最近見たことがあると思ったのですが、それが何の映画であったかをさっぱり思い出すことができなかったのです。
確か、サンマルコ広場に面したオープン・カフェで演奏をしているギタリストがいて、広場で往年の米国人名歌手と出会う。ギタリストは東欧州の出身で、彼の母親は出会った歌手のファンであった。米国人歌手は奥方との関係がうまくいっていない。米国人歌手はギタリストを一晩雇い一緒にゴンドラへ乗る。自分が宿泊しているホテルの裏へゴンドラをつけ、奥方を窓辺へ呼び出し、そしてゴンドラのうえから、東欧州出身のギタリストの伴奏で、奥方へ歌をうたうのだ。
そんな映像が、わたくしの脳裏に甦ったのですが、子供たちが飛びかかってきたか、それとも夕食の時間になったか、甦った映像が何のものであったのか記憶を辿る思考は中断されてしまったのでした。その後はベネチアのことなどすっかり忘れて、自宅へ戻り、会社も始まり、日常が戻ってきました。
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10:46 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
自分が憂える国は、この家のまわりに大きく雑然とひろがっている。自分はそのために身を捧げるのである。しかし自分が身を滅ぼしてまで諌めようとするその巨大な国は、果してこの死に一顧を与えてくれるかどうかわからない。それでいいのである。ここは華々しくない戦場、誰にも勲しを示すことのできぬ戦場であり、魂の最前線だった。(「憂国」 三島由紀夫著より 新潮文庫「花ざかりの森・憂国」に所収)
自死を美化するようなことを讃えるわけにはいきませんが、それにしてもこの文章には、はっとさせられます。
そして三島由紀夫が巧緻なレトリックを凝らして描いたこの短編の文章すべてがあまりに美しく陶酔的であるため、生と死の尊厳を再考することを怠ってしまいそうな自分にふと気づき、危機感を募らせることになります。
三島が「憂国」を擱筆したのが「一九六〇、一〇、一六」と作品末尾にございますので、彼が自衛隊へ乗り込み、東部方面総監を拘束監禁し、バルコニーで演説を行った後、自らの腹を切り、介錯させ、命を絶つという、広く人口に膾炙した事件を起こしたのは、その十年後ということになります。
その問題の日、すなわち昭和45年11月25日に起きたことに対する衝撃や絶望と失望、唖然、愕然、反発、嫌悪、嘲笑などを感じた当時の社会の人々の反応を時系列に並べ、その事件を浮き彫りにした、「昭和45年11月25日 - 三島由紀夫自決、日本が受けた衝撃」中川右介著(2010年 幻冬社新書)を読みました。
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12:56 PM permalink | comments (6) | trackbacks (0)
娘を稽古ごとに送ってゆく途中、区役所へ寄って期日前投票をしてまいりました。娘を送りとどけた後、迎えのときまで、書店で時間つぶしをすることに。ところが購入したかった2点を見つけたので早々にレジへ(わたくしのような変わり者が欲しいと思っていた本を2冊とも在庫している有隣堂さんは偉い)。そして時間がくるまでタリーズでページを捲っていたのでした。
・夜想曲集/カズオ・イシグロ著(早川書房刊)
・フェルメールの楽器 -音楽の新しい聴き方- /梅津時比古著(毎日新聞社刊)
「フェルメールの楽器」には、あの「トイピアノ」も所収されておりました。
ああ、藤倉大さんのピアノ協奏曲「アンペール」を実演で聴いてみたいなぁ。
11:59 PM permalink | comments (7) | trackbacks (0)
柳橋を撮影対象としましてから、興味を覚え、そして読みました幸田文さんの「流れる」。その文体にすっかり惚れ、その後いくつかの彼女の小説、随筆を読みました。幸田さんの本は、装丁が美しく、所有するのは文庫ではなく、是非単行本だと、そして「きもの」という作品は殊更にその思いが強く、美本を求めて、まだ手にしていなかったのであります。
先日neonさんの、nidoとのコラボ作品展に伺いましたとき、折しもあれ、谷根千界隈では、一箱古本市が開催されておりまして、わたくしの読書にかかせない情報をくださる、じんた堂さんも出品されておりました。
じんた堂さんの一箱のお店には、なんと新刊書であります「川の地図辞典」も置かれていました。傍らにはちらしも用意されている周到ぶりに驚き、そして喜ばしい気持ちへと導かれたのでした。
さて、じんた堂さんの一箱には、お父さんの趣味本として、戦前戦後のカメラの本、2眼レフを紹介する本であったり、写真(撮影技)術の本がございました。中味を拝見しますと、そんな時代の本とは思えないようなきれいな図、写真が挿されており、驚嘆したのですが、それらお父さんの趣味本は購入せず、お母さんの趣味本として出品されておりました幸田文さんの「きもの」がとてもきれいでしたので、これはセットで読んでくださいと仰るじんた堂さんの推薦の言葉に釣られまして、露伴の孫、文の子である、青木玉さんと、京都の染屋、吉岡幸雄氏との対談本「きもの暮らし(PHP研究所刊)」を併せて購入してまいりました。ちょうど玉子さんの「小石川の家」を読み終えたところでしたので、気分も盛り上がり、読書を進められそうでございます。

それにしても、文、玉、両氏の本はほんとうにきれいです。次には玉子さんが、母・文が遺した着物を手にし、再び活きた美しい着物となってゆくことを記したそうな「幸田文の箪笥の引き出し」を是非手にしたいと考えているのです。
ところで、じんた堂さんには御土産というにはもったいないほどの品をいただいてしまい、お世話になってしまったのでした。ありがとうございました。
12:18 AM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
前々回のエントリーにて、樋口一葉へのオマージュが綴られました、芝木好子さんの短編「本郷菊坂」(『海の匂い』集英社文庫に所収、絶版)をご紹介いたしました。
ところで、今年1月に発表されました第138回の芥川賞、その受賞作、川上未映子さんの「乳と卵」も、樋口一葉へのオマージュが綴られているとうかがいましたので、文芸春秋3月号(2/10売り)での全文掲載を読んでみました。
本文の前に、川上さんへのインタビューが記事となっておりまして、そこで、樋口一葉は20歳のころ初めて読んで一石を投じられた感じがあった、あんな文章を見たことがなかった、また「奇跡の14ヶ月」と云われるドラマティックな人生にもぐっときた、のだと話しております。
ところで、川上さんはミュージシャンでもあるのですが、わたくしは存知あげませんで、今回の受賞で初めて彼女を知ったのでした。
今(CDが)売れているそうですね、という質問に、それ恥ずかしいのです、注文殺到、5倍の売り上げと云われても、いままで千枚しか売れていなかったから、それがたかが5千枚になったところで、、、、と正直に気持ちを表す彼女には好感がもてます。
7:28 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
どうしようもない男女の業を描きました「洲崎パラダイス」の作者、芝木好子さんは、自作に自身を投影するとき、恭子という人物を充てています。短編「本郷菊坂」(『海の匂い』集英社文庫に所収、絶版)も恭子が主人公である自伝的要素を持った作品でございました。
浅草に産まれた恭子は、震災と戦争被災を経て、湯島に居を移します。そして変わりゆく東京の姿に憂愁の情を表します。
その戦後、女学校時代の友が、本郷菊坂の長屋に住みついたことで、恭子は、幾度か、其処を訪ねてゆきます。
そこで描写されます当時の長屋の詳細は、震災からも戦争からも被災を免れた、この明治期から在る長屋群の貴重な記録として読むことができます。驚くことに、この長屋の1室には床の間があったのだそうです。恭子の浅草時代からの記憶でも、路地の家に床の間があるのは珍しいことで、陋屋であっても見識があり、零落してここまできても、行儀よく住む人の家であると述べております。
その長屋は、本郷菊坂町七十番地。芝木さんの短編「本郷菊坂」は、ここから恭子によって、樋口一葉へのオマージュがじっくりと語られてゆくのです。
それは一葉が、この菊坂町七十番地に居を構えていた時期の、彼女の生活を、人生を振り返ってみます。
菊坂から小石川の安藤坂に在った中島歌子が主宰する「萩の舎」へ通ったこと、苦しい生計、田辺龍子の小説デビュー、そして自分も原稿料を当てにして小説を書く決心をすること、半井桃水との出会い、醜聞、そして決別。
芝木さんが、この短編を書いた、その70年前に、其処に確かに居た、ひとりの人を想い、そのころと変わらぬ路地に、2度の災禍を免れ、生き継いできた長屋を見て、そして綴った短編「本郷菊坂」は、下町で生まれ、下町を綴ることを生涯の仕事とした人の、強い想いが内包された、優しい文章でございました。
2:48 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
堀切菖蒲園駅前の「青木書店」さんにて購入しました藤田佳世著「大正・渋谷道玄坂」を早速読み始めております(前回エントリー参照)。
この本は、深川のことを随分参考にさせていただきました「深川散歩/東京クリップ」のじんた堂さんに教えていただいたのですが、さすが本にお詳しい方の推薦とありまして、穏やかな筆の運びによき日の渋谷の姿をいっぱい想像できる素晴らしい本であります。
そして同日に購入しましたもう一冊、大岡昇平氏の「幼年」ですが、こちらは現・旧山手通りに沿ってございました三田用水や、明治通り沿いの渋谷川につきまして調べておりましたら、大岡氏が幼年時代を綴ったこの本に渋谷川の描写があるとのことで購入に至ったのです。
大岡氏も幼少年時代を渋谷(の彼方此方)で過ごしているのですが、「幼年」を書くにあたり、そのあとがきに「藤田佳世さんに有益な御教示を得ました。」とありましたことは、わたくしの想像にはなかったことでして、またその藤田氏の本(大正・渋谷道玄坂)を読み進めてゆきますと、どうやら大岡氏のリクエストにより藤田氏が古老にアポをとり、一緒に取材をする項があるではないですか。
すなわちこの2冊はまるで兄妹のような本であることを、購入して気付いたのでした。
12:25 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
街を歩いて古書店を見つけますと必ずや立ち寄ってみることにしています。
ある処では趣味が違っていたり、またある処では欲しかった本が偶然見つかったりと、それはとても楽しい時間となります。
ところで昨今は、とても便利な時代でございますから、欲しい本はネットで調べ、通販で手にすることもしばしばございます。殊に地方の古書店にて絶版ものが格安でリストされているような場合、このようなシステムはたいへん有り難く思います。
ところで先頃より探しておった本、地域の図書館では館内閲覧のみ可能で、貸し出してはくださらず、それならば都立図書館より取り寄せてほしいとリクエストしましたら、地区内に蔵書しているものは取り寄せはできないのですと断られてしまい、ならば古書を求めようと、いつものようにネット検索をしたのでした。
そこでヒットしたHPへアクセスしてみますと、どこかで見覚えのあるページでした。しばらく考え、あぁ!と確認してみましたら、やはり「Kai-Wai散策」さんで紹介されておりました『青木書店』さんだったのです。
これは是非ともお伺いしまして、希望の書籍を手にしたく、先日京成電車に乗り「堀切菖蒲園駅」まで出掛けて参りました。
厚い雲に覆われた日でしたが、店の前に立ちますと、低い色温度の温かなあかりが隙間なく書架に並べられた本たちを照らしております。店頭のガラス仕切りと、ドアの桟の緑色が、きれいに映えております。そして、まさに「本である」『噂』のドアの取っ手をひき、店内に入りますと、本たちが放つ匂いが仄かに香ってまいりました。
店にはご主人と奥様がいらっしゃり、こちらに来た経緯や、わたくしも拙い写真を撮っていることをお話しさせていただいたのですが、水辺の写真というわたくしのテーマについて、ご主人から葛飾区内にございます水元公園を薦めていただきました。帰宅後、少し調べてみますと、なるほど素敵な水風景が撮れるかもしれません。其処はこれからの課題として調べを進めてみたいと考えております。
一冊一冊、とても大切に扱われていることが見てすぐ解る書架。ああ、本を愛していらっしゃるのだなぁ。そのなかから、たった2冊だけでしたが、入店したときには既に揃えていただいておりました本を手にして、とても豊かな気持ちになったのでした。

この日購入した本
・大正・渋谷道玄坂(シリーズ大正っ子)/藤田佳世著/青蛙房
・幼年/大岡昇平著/潮出版
どちらも美しい箱入り娘たちでございました。
11:02 PM permalink | comments (4) | trackbacks (0)
5月21日にエントリーしました「真間から菅野へ(1)」にて、
「葛飾土産」だけはよいとのことで、文庫には未収録のこの作品を読むにあたりまして図書館より全集ものを借りてまいりました。
と記しました。ところがこの「葛飾土産」という作品は、「荷風随筆集 上(岩波文庫)」に所収されておりました。そこでエントリー「真間から菅野へ(1)」には、その旨を追記いたしました。調べが中途半端で間違いを記しましたことお詫び申しあげます。
この文庫には、「日和下駄」をはじめ、「寺じまの記」「深川の散歩」「元八まん」などなど読みたかった作品があれもこれもと収められておりまして、とくに「元八まん」はよかったです。深川からさらに東に向かった荷風が出会ったのは、江戸のころより砂村の鎮守さまとして、現在の江東区南砂7丁目に建ち、深川の富岡八幡の元宮(よって元八幡という俗称があるようです)という説がございます、富賀岡八幡宮。当時の砂町の寂しさが、元八幡の朽廃した社殿に加えまして、夕暮れと、洲崎に向かう女の存在などによってデフォルメされており、なんとも云えない読後感を味あわせていただきました。
10:11 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
「吉原御免状」という小説があることを最近のお気に入りのブログから知りまして、今春に読んでみました。著者であります故隆慶一郎氏は脚本家としての人気作家でありまして、この「吉原御免状」が隆氏61歳のときの小説デビュー作であったとのことです。
時代小説ですが、ストーリーテリングの見事さにより、文庫にして500ページの長編を一気に読んでしまいました。
吉原成立秘史に迫る内容で、なぜ吉原だけが御免色里として成立できたのか、神君御免状とは何か、なぜ裏柳生が狙ってくるのか、主人公の剣士・松永誠一郎とは何者なのか、畳み掛けてくる謎が明らかにされるに従い、読み手はぐんぐん引き込まれる、そんな小説でございました。
そしてその舞台では「傀儡子(くぐつ)」や「道々の輩(みちみちのともがら)」(このあたりの歴史用語につきましては隆慶一郎氏の門下生による隆慶一郎オフィシャル・サイト内「歴史用語の基礎知識」が詳しい)らが大活躍するのですが、これはまったく網野善彦氏による歴史観であるところが驚きでもあり、かつ楽しかったです。
さて、隆氏には「かくれさと苦界行」という「吉原御免状」の続編にあたる作品があるとのことでしたが、しばらくは手に取りませんで、いかがしようかと思っていたのです。
ところが先日、書店にてちらっと、この「かくれさと苦界行」のページを捲ってみますと、何ということでしょうか、その冒頭に完全にやられてしまいまして、そのままその文庫を持ちレジに足を向けておりました。
ではその冒頭を引用させていただきますね。
『川祓(かわみそぎ)
大川(隅田川)では、例年六月の晦日になると御祓(みそぎ)が行われる。江戸各所の神社が、神主と氏子の者でそれぞれ舟を仕立て、両国川を宮戸川へさかのぼる。舟の中で神主が祝詞を誦し、終ると氏子たちが形代を川へ捨てる。形代は藁人形で、人々は自分の罪障や病い、苦しみや悲しみの一切をこの人形に転移させ、それを大川に流すのである。六月祓、夏越しともいった。』
※『』内は「かくれさと苦界行/隆慶一郎」(新潮文庫)より引用
※拙注:両国川は大川=隅田川の別称、まさに両国あたりの流れを指していたのでしょう。宮戸川も同様で、こちらは浅草辺りを指しているようです。
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