どうしようもない男女の業を描きました「洲崎パラダイス」の作者、芝木好子さんは、自作に自身を投影するとき、恭子という人物を充てています。短編「本郷菊坂」(『海の匂い』集英社文庫に所収、絶版)も恭子が主人公である自伝的要素を持った作品でございました。
浅草に産まれた恭子は、震災と戦争被災を経て、湯島に居を移します。そして変わりゆく東京の姿に憂愁の情を表します。
その戦後、女学校時代の友が、本郷菊坂の長屋に住みついたことで、恭子は、幾度か、其処を訪ねてゆきます。
そこで描写されます当時の長屋の詳細は、震災からも戦争からも被災を免れた、この明治期から在る長屋群の貴重な記録として読むことができます。驚くことに、この長屋の1室には床の間があったのだそうです。恭子の浅草時代からの記憶でも、路地の家に床の間があるのは珍しいことで、陋屋であっても見識があり、零落してここまできても、行儀よく住む人の家であると述べております。
その長屋は、本郷菊坂町七十番地。芝木さんの短編「本郷菊坂」は、ここから恭子によって、樋口一葉へのオマージュがじっくりと語られてゆくのです。
それは一葉が、この菊坂町七十番地に居を構えていた時期の、彼女の生活を、人生を振り返ってみます。
菊坂から小石川の安藤坂に在った中島歌子が主宰する「萩の舎」へ通ったこと、苦しい生計、田辺龍子の小説デビュー、そして自分も原稿料を当てにして小説を書く決心をすること、半井桃水との出会い、醜聞、そして決別。
芝木さんが、この短編を書いた、その70年前に、其処に確かに居た、ひとりの人を想い、そのころと変わらぬ路地に、2度の災禍を免れ、生き継いできた長屋を見て、そして綴った短編「本郷菊坂」は、下町で生まれ、下町を綴ることを生涯の仕事とした人の、強い想いが内包された、優しい文章でございました。
2:48 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
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"本郷での習作 2007(4)"
Feb '07, @Hongo, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 SuperPresto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Forte Porywarmtone plus FB, Glossy, dev in Home brewed Id-78 (1:3)
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1:45 PM permalink | comments (11) | trackbacks (0)
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"本郷での習作 2007(3)"
Feb '07, @Hongo, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 SuperPresto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Ilford MGFB Warm, Glossy, dev in Home brewed Id-78 (1:3)
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7:53 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
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"本郷での習作 2007(2)"
Feb '07, @Hongo, Tokyo.
Taken with the Mamiya C330proS with the Mamiya-Sekor S 105DS f3.5 lenz.
Fuji Neopan 100 Acros @EI 50, dev in Ilford Perceptol (1:3)
Ilford MGFB Warm, Glossy, dev in Home brewed ANSCO 110 (1:5)
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5:56 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
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"本郷での習作 2007(1)"
Feb '07, @Hongo, Tokyo.
Taken with the Mamiya C330proS with the Mamiya-Sekor S 105DS f3.5 lenz.
Fuji Neopan 100 Acros @EI 50, dev in Ilford Perceptol (1:3)
Ilford MGFB Warm, Glossy, dev in Home brewed ANSCO 110 (1:5)
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11:44 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
「すみません、この辺りに一葉さんが暮らしてた処があるそうですがご存知でしょうか?」
ところどころに射す冬の午後の斜光がコントラストを描く路地で、木造家屋を背景に鉢植えの梅、その花を捕らえようとストロボの発光量バランスを調べていたところ、お散歩デートでしょうか、まだお若いカップルに尋ねられました。声をかけてきた女性の手にはガイドブックが握られていました。
浅学なわたくしは、樋口一葉の文学にしっかりと接したことが御座いませんでしたけれど、昨年或る方から勧められ、ようやく「たけくらべ」を読んでみますと、なんとおもしろい文章でしょう。雅俗折衷の文章のリズムのよさ、boy meets girlのお話しはその年齢にしか持ち得ず誰の心にも在ったであろう葛藤とにがさに溢れた名著であると、さすが5千円札であると、気づかされたのです。
わたくしが撮影をしておりました路地は、東京・本郷の台地を南東から北西に切り裂く谷にあたる菊坂、それに平行する生活路、菊坂下道のことであります。三脚を据えたところから10メートルほど先に、通常外部の者が進入するには憚れるような細い路地への入り口がひっそりと御座いまして、先のカップルに尋ねられました一葉さんの住居跡、といいましょうか、当時の住居は既に建替えられているのですが、井戸だけが静かに居残り、時代を重ねてきた風情ある空間が、その細い路地の中程にぽつりと待っているのです。
わたくしは先日仕事の打合せで、この菊坂を初めて訪れ、風情ある街並みに惚れまして、この日写真機を持っての再訪と相成ったので御座いますが、かの一葉さんの旧宅跡もそのとき発見しておりました。路地への入口に「見学の方は住民の迷惑にならないよう、お静かに願います、云々。」といった内容の表示が為されており、あらこんなところにと恐る恐る入路してみたのです。
調べてみますと一葉さんは貧困のため何度か住まいを移しており、此処現本郷4丁目には父親の死後、18歳からの3年間ほど住んでいたのだそうです。その後吉原隣の下谷竜泉寺町(現台東区竜泉)で雑貨屋を営み、そこも引き払って最後は当時の新興三業地、本郷丸山福山町(現文京区西片1丁目)に堕ちるに至ります。
話しを本郷菊坂に戻しますが、カップルに旧宅跡への入路を教え、被写体に戻り再度梅の花に向き合います。
今日に至っては絶滅したであろう鼻タレ小僧が飛び出してきそうな路地、長屋前に競って並ぶ鉢植え、陽の反射が眩しい石塀の倉がそびえる質屋、着物が似合う文豪が上階の窓をがらりと開け難しい顔を覗かせそうな風情に満ちた旅館などなど、この菊坂の谷と、急な坂を登った台地には、今日には忘れられた時間が、商業ビルやマンションによって周囲から隔てられ、ひっそりと流れているかのようです。
ところで最近のわたくしはそういった街の風情を状況説明的に写真で捕らえることを好まず、なにか、もっと、抽象的なかたちにして、懐かしむのではなく、今日を恨むでもなく、乾いた視線で切り取り、それでも尚、街の美しさを伝えることができぬものかと足掻いているので御座います。
一葉さんの「たけくらべ」には省略による暗示を随所に読むことができます。美登利が見つけ一輪挿しにいれた造花の水仙、信如が手にすることが出来ず降るしきる雨の中おいてゆかれる紅入り友仙のちぎれ。
省略による暗示、省略、暗示と呟きながら、重い写真機材を担いで急な坂を登ったり降りたりしていますと少し汗ばむ温かな午後で御座いました。
わたくしが暗示を手に入れることは未だ先のことになりそうです。
(メモ:2月12日、午後2時から4時ごろ、Taken with the Mamiya C330proS with the 105DS lenz. Presto 400 @EI 200)
7:51 PM permalink | comments (4) | trackbacks (0)