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February 15, 2011
さて、村上龍氏著の「歌うクジラ 上下巻」ですが、階級による住み分けと極度の合理化が完遂された二十二世紀の日本が舞台であります。
タナカアキラという十五歳の主人公は、クチチュと呼ばれる突然変異を起こした人種のひとりや、反乱移民のメンバーや、猿と中国人の混血などの衝撃的な脇役たちと出会いながら、旅(移動)を続け、目的の人物に辿り着く物語です。
このような筋ですから、村上氏が描く未来社会描写そのものが批評の要点となることが多いと容易に想像させられますし、また『主人公がさまざまな試練を経て成長する古典的教養小説にきわめて近い』(『』内 毎日新聞 '10.11.28 書評 三浦雅司氏による筆から引用)や、『ダンテの神曲を模したもの』(日経新聞 '10.12.5 井口時男氏)など大胆な比定も見られました。
ところで、わたくしはそれらの評とは異なる観点からこの未来小説を捉えたのでした。
あらすじに着目した評とすれば、上で引いたような評は決して的外れではありませんし、移動の過程、成長の過程でタナカアキラが気づいたことの重要さは最終章で活きています。
然し乍ら一文学の成果において、すじ、そのものだけでは語り尽くせない魅力が在ることも確かなことではないでしょうか。
この小説では、未来の日本の姿を描くにあたり、情景描写だけでなく、(日本語文学として)日本語圏の人間が如何なる「日本語」をそこで話しているのか、それを文中文体で表すという試みが為されており、それがこの壮絶な未来像にリアリティを与していることを無視することができません。ここに村上龍氏の大いなる挑戦を感じ取った次第です。
例えば、この日本社会では「文化経済効率化運動」の末、敬語なぞは失われています。また、移民にとって日本語の「てにをは助詞」は使用法が難しく、反乱移民たちはそれを逆手にとり「てにをは」を故意に狂わせた言葉を喋ります(それは反乱の意思表示でもあるという設定)。さらには「羊バス」と呼ばれる住居に住む下層の人々は不確かな断定あるいは推定を表す「〜だろう」を常に語尾に付けて話し、気味の悪さを醸し出しています。
未来においても社会とは、ハードのインフラだけで成立するものではなく、人間による生活文化によって築かれてゆくわけですから、そのもっとも身近な言語というものを扱い、作品中で結実させたことに文学者としての作者の力量が見えてまいります。
それにしても、これほどまでに日本語の敬語が美しく響く小説があったでしょうか。
それは対比によって浮かび上がってきたのでした。(現代日本語と比較して)崩れた言葉を話す多くの人々のなかで、主人公タナカアキラは二十二世紀のその社会において、敬語を話すことができる唯一の人物なのです。
そしてもう一点、これも言語に関連してくることですが、作中、タナカアキラがシニフィアンを介さずシニフィエを認識する描写があり、其処には心底圧倒されました。そのシーンは一経過的情景描写に過ぎず、物語の進行上において左程影響がある局面ではないという点で、ブンガクはこうでなくちゃと嬉々として読み進めたものでした。
この長編小説が、これから日本の文学に如何ほどの影響力を持ち得るのか、それはわたくしには計り知れませんが、少なくともわたくし自身は、この小説を読んだ今日以降、未来小説において未来の言語への挑戦を怠った作品を評価することはできないでしょう。そして、未来に向けて(小説なぞを書くつもりは毛頭ございませんし、その技術や創意も持ち合わせておりませんが)、わたくし自身の言葉も充分考えてゆかなければならなくなってしまいました。
ところで、Galaxy S所有の先輩が、彼の知り合いで同じくGalaxy Sを所有する二十歳代後半(八十年代生まれ)の男性に、小説の縦書き、アプリの横書きに関する話をしたのだそうです。すると若者は、「いや、自分にとってタテかヨコかで読み易さが変わることはないっス」と応えたそうです。
若年層のこうした価値観に触れますと、もうすでに直近の未来、近未来が始まっているのかもしれないと思えてなりません。
amazonへのリンク
・歌うクジラ 上(村上龍著 講談社刊)
iTunes Storeへのリンク
・iPhone/iPad/iPod touch共用 App
(ちなみに、iPhoneその他用や、アンドロイド用などの電子書籍版では、物語の進行に併せて音楽が再生されるそうですが、それらの曲は坂本龍一氏によるものだそうです。)
電子書籍版ガイド
・村上龍 歌うクジラ on WEB
posted by mniijima : Feb 15, 2011
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