« 不在のサド侯爵は、周囲の人物の述懐によって浮かび上がる。 | main | 水の都に鳴り渡る空前絶後の響き(1) »

January 15, 2011

  ベネチアのゴンドラのうえで歌をうたおう

松も鏡も開けてしまいましたが、拙ブログをお読みになられております皆様へご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い致します。

正月三が日を例年のごとく家内の実家にて過ごしておりましたが、その退屈な時間、義父とこたつにはいって、みかんを食べていたかどうかは忘れましたが、つまらない正月特番のテレビを見ていたときのことです。イタリアの観光名所を視聴者のメールによって人気順位を表し、その場所を映像で紹介をするという、退屈極まりない番組でした。そして結果第一位に選ばれたのはベネチアの街でございました。狭い水路を縫ってゆくゴンドラの映像を、ぼうっと眺めていたとき、ふと、そういえばこの(わたしは訪れたことのない)ベネチアの街を舞台にした映画を最近見たことがあると思ったのですが、それが何の映画であったかをさっぱり思い出すことができなかったのです。

確か、サンマルコ広場に面したオープン・カフェで演奏をしているギタリストがいて、広場で往年の米国人名歌手と出会う。ギタリストは東欧州の出身で、彼の母親は出会った歌手のファンであった。米国人歌手は奥方との関係がうまくいっていない。米国人歌手はギタリストを一晩雇い一緒にゴンドラへ乗る。自分が宿泊しているホテルの裏へゴンドラをつけ、奥方を窓辺へ呼び出し、そしてゴンドラのうえから、東欧州出身のギタリストの伴奏で、奥方へ歌をうたうのだ。

そんな映像が、わたくしの脳裏に甦ったのですが、子供たちが飛びかかってきたか、それとも夕食の時間になったか、甦った映像が何のものであったのか記憶を辿る思考は中断されてしまったのでした。その後はベネチアのことなどすっかり忘れて、自宅へ戻り、会社も始まり、日常が戻ってきました。

ところで先週のこと、自分のブログは放っておいても、いつも拝読しているブログへの巡回は欠かせません。そしてこのエントリーを拝見したとき、美しいイングランドの田舎の映像を見ながら、突然にベネチアの映像の正体を思い出したのでした。

ベネチアの水路でゴンドラに乗った米国人歌手が、ホテルの窓辺の奥方へ歌をうたったのは、映画ではなく、一年半前に読んだカズオ・イシグロ氏の「夜想曲集」と題されました短編小説集のなかの一編だったのです。(参考:拙ブログ 09年8月23日記「フェルメールが描くリュートでノクターンを弾いてみることはできるのか」)

まさか小説であったとは自分の記憶違いに失笑してしまったと同時に、これほどまでに脳裏に映像化されて記憶しているとは、その文章の映像喚起力が如何ほどであったか恐れ入ったのでした。

そのような文章を描く作家の作品ですから「Never Let Me Go / わたしを離さないで」は、三月に公開されます映画版を先に見てから、小説を後追いしますと、きっと小説のなかの情景や人物の顔かたちなどは、映画のそれらに限定されてしまいそうです。折角の映像喚起力が強い文章であるとすれば、まずは小説を読んで、脳裏にしっかりと自分の映像を作っておいてから、映画館に足を運んで、脳裏の映像と、映画のなかの像との差異を楽しんだほうがよさそうだと、いまは考えております(が、気分はうつろうかもしれません)。


さて、米国人歌手が奥方へ歌をプレゼントしたのは関係修復のためではありませんでした。●●●●●●ために歌ったのでした。そしてそれもひとつの愛であると、わたくしは思ふのです。


夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語/カズオ・イシグロ著(早川書房刊)

posted by mniijima : Jan 15, 2011

trackback

trackback URL for this entry:
http://www.mniijima.com/across/cgi/mt/mt-tb.cgi/453

comments

ベルリンの壁崩壊の三ヶ月前位にサンマルコ広場に面したオープン・カフェで...何か呑んだ記憶はあるけれど...ギタリストは居なかった...

あれ...何処かで読んだことのある情景かと思ったら...やはり...。「夜想曲集」は読んだかどうか...記憶が曖昧でしたが...読んでいたことが解り、カバーの掛けられたままの本も書棚に...。

見てからか、読んでからか...迷いが吹っ切れたようですね。

英国文学も...それを題材にした映画も...何か特別な時間が流れているような...特有な空気感に包まれているように...感じられます。

by iGa : January 17, 2011 11:06 AM

iGaさん、
そうですか、サンマルコ広場のオープン・カフェにはギタリストはいなかったですか!
この小説(集)は、強い印象は残さないものの、どうやら記憶の深層に閉じ込められるような作用をするのかもしれませんね。

英国の文学や、映画、仰るように特有な空気感、時間感覚を感じられますね。米国のものより好きな傾向です。

by M.Niijima : January 17, 2011 1:22 PM

post a comment




remember personal info?


(you can use some html tags.)