« 2010年12月 | main | 2011年02月 »
前回、モンテヴェルディの「聖母マリアの夕べの祈り」から第8曲目「Nisi Dominus」に触れ、それが一時代前のヴァネチア派の流れを汲んだものであることを記しました。ヴェネチア派は、モンテヴェルディの100年程前、サンマルコ寺院の楽長、アドリアン・ヴィラールトが始祖で、この寺院の特徴を活かした音楽づくりを行なっていたこと(参考:サンマルコ寺院公式サイト Top → Virtual Basilica → Panoramic Viewsでパノラマ画像あり)を、吉田秀和翁が昔々に記した本で教えられました。少し長くなりますが引いてみましょう。
サン・マルコ寺院の構造の独自性が、もってこいの条件をつくりだしたことも忘れてはならない。ここのいくつもの円天井からなる内部には、たがいに離れた二つの聖歌隊席と二つのオルガンがあった。音楽家はその二つの合唱を、対話風にあつかったり、同時にあわせて力強いクライマックスをつくりあげたりすることができた。ヴェネツィアの音楽家は、新しい時代に躍動するヨーロッパの息吹きにのって、音色の効果、ダイナミックな感情表現でもって、それまでのカトリック教会で行なわれていた単純な交唱の効果の域をはるかに凌駕した二重合唱をあやつる。(吉田秀和著「LP300選」新潮文庫 絶版 より)
これはLPレコード時代に吉田翁が泰西古典音楽の全歴史に渡って推薦盤を記した本ですが、紹介された盤を購入したことはあまりございませんでしたけれど、その歴史を和声の発見と発展という面から(一部の歴史認識は、その後の発見と研究から刷新されていることはございますが)、たいへん解りやすく書かれておりまして、わたくしの座右の書であり、本そのものは日焼けし、いくつかのページは剥離崩落が始まっていますが、それでも愛さずにはいられない大切な本なのであります。
さて、ヴェネチア派ですが、生憎、始祖のヴィラールトの音盤を所有しておりませんので、その弟子の後継者、アンドレアと甥のジョバンニ、ふたりのガブリエリの楽曲を聴いてみましょう。
continue reading "水の都に鳴り渡る空前絶後の響き(2)"
10:15 PM permalink | classical music | comments (5) | trackbacks (0)
今年はバロック音楽をたくさん聴いてみようと考えております。「バロック音楽は十七世紀初頭から十八世紀半ばまでの音楽の総称である」とwikiの冒頭には堂々としるされておりますが、もちろん各地民族音楽などは含まれず、グレゴリオ聖歌から発展発達してきた系譜の泰西音楽に限定されることは皆様の認識のとおりでございます。
そしてその時代の前には「ルネサンス音楽」という時代を経てきております。ルネサンス期の音楽の特徴としてはポリフォニーといって複数の声部が同時進行する音楽が盛んでしたが、より劇的表現力などを求めたモノディ形式、そして通奏低音(Basso Continuo)を持つスタイルに変化していったのがバロック音楽でした。
ではまずバロック期の入口に立つ巨人、クラウディオ・モンテヴェルディ (1567-1643) の「聖母マリアの夕べの祈り / Vespro Della Beata Vergine」を聴いてみましょう。指揮は神奈川フィルの芸術監督を務めておりましたハンス=マルティン・シュナイト翁。1975年の名演奏と誉れ高き盤です。
モンテヴェルディ:聖母マリアの夕べの祈り
レーゲンスブルグ大聖堂聖歌隊他
指揮:ハンス=マルティン・シュナイト
1974年7月、1975年5月、レーゲンスブルグ、聖エメラム教会にて収録
Archiv Produktion / 447 719-2 / 1975
この盤は、シュナイト翁の演奏を聴きに行っていたころ、おそらくは新宿かお茶の水のディスクユニオンで購入したのですが、あまり聴き込まず今日まで放っておいたのです。
いや、それは勿体ありませんでした。たいへん素晴らしい曲ですし、演奏も(この時代の宗教曲を多く聴いてはいませんが)荘厳華麗。殊に第8曲目の「Nisi Dominus」、この通奏低音を伴う5声が2組、10声で奏でられます合唱が堪りませぬ。掛け合いの合唱の見事さ、純に各々の声部とそれらの重なりのフォームに心動かされます。
モンテヴェルディが新しい時代の作曲様式を駆使して拵えた大作のなかで、前時代のヴェネチア派(合唱団を二手に分割した複合唱形式の書法が特徴的)の流れを周到した合唱をも包有し導入している器の大きさには瞠目させられます。この曲が当時のヴェネチア(モンテヴェルディは人生の後半30年をヴェネチア、聖マルコ大寺院の楽長として過ごしました)で奏でられたとき、人々は如何なる思いで聴いたのでしょうか、それはおそらく空前で絶後のことであったでしょう。
11:59 PM permalink | baroque | comments (2) | trackbacks (0)
松も鏡も開けてしまいましたが、拙ブログをお読みになられております皆様へご挨拶を申し上げます。本年もどうぞよろしくお願い致します。
正月三が日を例年のごとく家内の実家にて過ごしておりましたが、その退屈な時間、義父とこたつにはいって、みかんを食べていたかどうかは忘れましたが、つまらない正月特番のテレビを見ていたときのことです。イタリアの観光名所を視聴者のメールによって人気順位を表し、その場所を映像で紹介をするという、退屈極まりない番組でした。そして結果第一位に選ばれたのはベネチアの街でございました。狭い水路を縫ってゆくゴンドラの映像を、ぼうっと眺めていたとき、ふと、そういえばこの(わたしは訪れたことのない)ベネチアの街を舞台にした映画を最近見たことがあると思ったのですが、それが何の映画であったかをさっぱり思い出すことができなかったのです。
確か、サンマルコ広場に面したオープン・カフェで演奏をしているギタリストがいて、広場で往年の米国人名歌手と出会う。ギタリストは東欧州の出身で、彼の母親は出会った歌手のファンであった。米国人歌手は奥方との関係がうまくいっていない。米国人歌手はギタリストを一晩雇い一緒にゴンドラへ乗る。自分が宿泊しているホテルの裏へゴンドラをつけ、奥方を窓辺へ呼び出し、そしてゴンドラのうえから、東欧州出身のギタリストの伴奏で、奥方へ歌をうたうのだ。
そんな映像が、わたくしの脳裏に甦ったのですが、子供たちが飛びかかってきたか、それとも夕食の時間になったか、甦った映像が何のものであったのか記憶を辿る思考は中断されてしまったのでした。その後はベネチアのことなどすっかり忘れて、自宅へ戻り、会社も始まり、日常が戻ってきました。
continue reading "ベネチアのゴンドラのうえで歌をうたおう"
10:46 PM permalink | 文学 | comments (2) | trackbacks (0)
