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October 17, 2010

  黒から白へ至る墨絵のごとき響き

牧神の午後への前奏曲は、草いきれのような強い芳気を放ったのでしょうか。
前回、記しましたように10月7日の木曜日に、東京・千駄ヶ谷の津田塾大学校内にございます、津田ホールにて行なわれました、ピアノ・デュオ「ドゥオール」のリサイタル2010へと行って参りました。

「ピアノ・デュオ ドゥオール リサイタル2010」
ピアノ・デュオ ドゥオール=藤井隆史、白水芳枝
演目:
●ドビュッシー:牧神の午後への前奏曲(2台ピアノ版)
●リスト:「ドン・ジョバンニ」の回想(2台ピアノ)
〜休憩〜
●ブラームス:交響曲第一番ハ短調作品68(4手連弾版)

■アンコール:ブラームス:ハンガリー舞曲第一番(4手連弾版)
       ショパン:幻想即興曲(M. グールド、B. シェフター編曲による2台ピアノ版)


さて、「牧神の午後〜」ですが、管弦楽曲としてまこと有名な作品で、ドビュッシーならではの和声感と巧みさを極めるオーケストレーションによって極彩色などと形容されることがございますが、ドゥオールのおふたりの演奏を聴いてみますと、いや、これはこれでまったくピアノによる演奏だと明確に認識させられました。
無論管弦楽で聴くことができる和音やラインが消え去ってしまったということはないのですが、大きなダイナミクスの変化などに抑制が働いておりました。
ドビュッシーの管弦楽が極彩色であるならば、ドゥオールの演奏は黒から白へと至るグラデーションによって描かれました毛筆による墨絵とでも形容したいものでございました。そしてたち昇ってきましたのは強い芳気ではなく、音楽が音そのものによる構造物であることを再認識させる力であったことが、この印象派と呼ばれる時代の楽曲において(それはまるで古典曲のごときで)驚かされました。
なお「牧神〜」の2台ピアノ版には、このドビュッシー本人による編曲版だけでなく、彼の歴史上のライヴァルでございましたモーリス・ラヴェル(ボレロで有名ですね)による編曲版も存在すると当日配られましたプログラム・ノートにございました。こちらも是非ドゥオールのおふたりの手で聴かせていただきたいものです。

2曲目のリストが書きましたモーツァルトのオペラ「ドン・ジュバンニ」の回想と名付けられました曲はオペラのメロディを集めてダイジェスト的に進行する楽しいものでした。騎士長のテーマや、ツェルリーナの2重唱のメロ、シャンパンの歌のメロなどが次々と現れてきます。
それにしても2台ピアノの演奏は、(当然ながら)2台のピアノを使うものですが、鍵盤側を横1列に並べるのではなく、演奏者が斜めに向き合うように設置されますから、連弾のときのように相方の手を見ることが出来ません。それだのに、おふたりの一糸乱れぬアンサンブルには、唯唖然とさせられるばかりでございます。

(下手糞な絵ですみません。)

さて、休憩を挟んでの後半に据えられた楽曲が今宵のメイン・プログラムでありましょう。昨年、大倉山で聴かせていただいたブラームスの第一交響曲、4手連弾版(ここここ、そしてここ)。
一年以上の時間を経て、この曲がどれだけドゥオールの手に馴染んだのか、どれだけの完成度に熟したのか、とても楽しみにしていたのでした。
その大倉山のときは、

この重層的な楽曲の構成構造を浮き上がらせながらの熱演を繰り広げてくださいました。オーケストラで聴き慣れ親しんでまいりました、あのライン、このライン。あの響き、そしてあのトレモロが1台のピアノから、4本の手を通じて再現されてゆきます。なんと楽しいことでしょう。

と記しておりますように、オーケストラ版との比較で聴いておりましたし、実際演奏のポイントにもオケ版という存在が大きく影響していたのではないかと感じられます。ところがこの日あらためて演奏された内容は、明らかに以前とは違うと感じさせられるもの。ピアノによる、いやピアノならではの音世界を実現するに至ったおふたりの演奏だったように思えます。

殊に第二楽章は白眉でした。春のはじめの野を夢見る陶酔のような楽章をまさに夢見心地のように描いてくださった演奏。オケ版のこの楽章ではコンサート・マスターによるソロ・ヴァイオリンのパートがあるのですが、それもピアノ世界の美しいフレーズに化して、会場客席全体からもその美音に浸り切っている雰囲気が立ち昇っておりました。みんな酔っている。
第三楽章もピアノでしか描けない柔らかさを伴い美しい楽章になっておりました。
両端の楽章は、各々の楽章の性格から、やはり重層的な響きが聴こえて参りましたが、ところどころ、たいへん細かい箇所のひとつひとつに、丁寧な表情付けが行なわれており、例えば四楽章の第二序奏、アルプスのホルンから着想を得た主旋律の影で(オケの場合は)弦楽が振るえるようなトレモロを弾きだすのですが、そのパートに付けられた羽毛舞うがごとくの、ふわっとした表情など絶品でございます。

このような演奏の極地にドゥオールを至らせたのには、やはりこの曲をレコーディングした経験が充分に活かされているのでしょう。
昨年の師走に滋賀県、高島市ガリバーホールというところで収録されました音源は、同じくブラームスの大学祝典序曲をカップリングにして、先月にリリースされたばかりだったのです。
そして今回のリサイタルは、そのCDの発売記念も兼ねていたのでした。
コンサートなどのライブ演奏は、実演者と同時刻同所を共にしているという共有感から格別な音楽体験に導かれますが、CDという再生メディアにはそれがございません。よってCDの演奏にはライブとはまた違う次元の演奏を求められるわけです。殊に「何度も繰り返し視聴される」という特徴から、演奏に求められる完成度は高い次元で到達されなければなりません。
その経験がドゥオールによるブラームスの演奏に磨きをかけたのでしょう。
まったくお見事なリサイタルでございました。

おふたりのCDは9月のリリース時に慌てて購入せず、この日、おふたりの手から買わせていただこうと以前より考えておりましたので、手元に残ったCDはとてもよい記念の品として大切にしてゆくことでしょう。


■ピアノデュオ ドゥオール セカンドアルバム

 「SYMPHONIE」

 収録曲
 ヨハネス・ブラームス
 (作曲者自編による1台4手連弾版)

 ・大学祝典序曲 op.80
 ・交響曲第一番ハ短調 op.68(全四楽章)

 (Label: Studio NAT / NAT09501)
 ・定価2,800円税込

・レーベルのストアサイト NAT STORE

amazon

山野楽器

HMV

TOWER RECORDS


posted by mniijima : Oct 17, 2010

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comments

反響板は共用化出来るのですね
この配置は海外ではよく拝見しますが日本では珍しいでしょう
このお二人さん、次回は何とか聴いてみたいですね

by shin : October 26, 2010 1:47 AM

shinさま、
コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
はい、拙い絵をよくぞ解いてくださりました。説明も足りないのですが、舞台奥のピアノの反響板を開けることで、手前側のピアノのそれをも代用している格好です。
連弾に比べ、2台ピアノによる演奏がいままでは少なかったのかもしれませんね。

さて、このふたりの演奏会ですが、11月7日(日)には横浜市鶴見区でコンサートがございますが、ちと遠いですね。
お近くでコンサートが開かれるときは、声をかけさせていただきます。
お二人になり代わり、よろしくお願い致します。

by M.Niijima : October 26, 2010 10:23 AM

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