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June 10, 2010

  さすが浅草、此処は猿ではないが、馬が居る

皐月の末から好天つづき、水無月にはいっても梅雨の足音はまだ聞えない首都圏。この日も暑く陽が射すお天気で、雷門の前には多くの人々が記念の写真を撮っておりました。
このところの浅草は観光客が増えてきているのではないかと、其処で待ち合わせたJさんは言うのです。六月六日、わたくしは浪曲の魅力を教えてくださったSさんと、そしてそのご子息であって、此処浅草にも勤務されていたことのある呉服のプロであるJさんと男三人で、人ごみの仲見世を避けながら、伝法院をぐるりとし、木馬亭へと向かったのでした。

かつてはちょっと繁華なところには必ずやあったと言われる寄席も、ラジヲやテレビの普及以来、いまやめっきりその数を減らしており、まして浪曲を定席としている小屋なぞは関東では此処木馬亭のみとなっている今日でございます(上方には在るのでしょうか?)。
ところが、その木馬亭でも浪曲公演は月の頭の十日間ほどだけ開かれ、残りの日々はその他の演芸種の公演で埋められるありさま。先日、此処に電話をかけ、日曜に伺いたいのですが混み合いますかと尋ねたところ、いや大丈夫ですよ、どうぞいらしてくださいと、おそらくは席亭の方だろう女性の声で仰られ、安堵と同時に寂しい気持ちにさせられたのでした。

席の埋まりはよく言って二割ほどであったでしょうか。なるほどこれは事前の心配は無用であり、憂慮の念は深まるばかり。

さて、此処での定席は会期中日替わりで、毎日六名の浪曲師と一名の講談師が出演されるのですが、たいてい講談は中入りの一つ前に組まれております。
ところがこの日は一等最初、すなわち前座ですね。
登壇されたのは一龍斎貞鏡さん。おそらくは芳紀二十幾つかのうら若きお嬢さん。町衆角左衛門が松平の殿様に召し抱えられ出世してゆく「出世纏」。この若き方の講談がいったいいかがなものか判断しかねるトーシローのわたくしですが、それでも彼女の声の質は語り物をするのにたいへんよい資質を持っていらっしゃるように感じました。決して澄んでいるとか、きれいな声というのではないのですが、甚く心地よかったのでした。一龍斎の門を叩いたのですから、是非立派な真打ちへとなっていただきたいものです。

ところでまったく偶然なのですが、この日は、先日松戸の「第一回浪曲の夕べ」にて聴かせていただいたときの浪曲師、富士路子さんと、わたくしは行けず残念であった「第二回」目のそれに出演された玉川福助さんも香盤にはいっていたのです。
玉川さんは伊勢の旅籠屋で働く巨漢の女中が、なんだかんだと武家へ嫁いでしまう「真柄のお秀」。高いキーの関東節が炸裂しておりました。
富士さんは新しくレパートリィにしたといふ「太刀山と清香」を熱演。終盤に長い長い節(メロディがあって歌うところ)があったのですが、声量があって、いや、まったくお見事な浪曲を聴かせていただきました。以前聴いたことがある方という贔屓目を差し引いて、本当に聴衆へ迫ってくる勢いがございました。同行のSさん、Jさんも、素晴らしかったと言っておられましたからね。

そして(勝手に)我らが伊丹秀敏師匠。この日は富士さんと、トリの東家三楽さんの横で曲師を務めていらっしゃいましたが、他の曲師に比べて、秀敏師匠の三味線は圧倒的に音が大きいのです。それはバチンとノイジーに弾くスタイルだけでなく、柔らかな音色を出すときの音量においても他の曲師と差が認められました。よって楽器が豊かに鳴ることこの上ございません。そして合いの手のかけ声のキレ味、煽って煽ってゆくときの三味線、まぁどれもこれも図抜けたものだと思い知らされました。

さて、十二時三十分に開演し、上記したように講談師一名と、六名の浪曲師が出演されておよそ三時間三十分。たっぷり聴かせていただき、これで木戸銭は二千円というお安さ(二十五歳以下の若い衆にはさらに半額の太っ腹)。

さあ、みなさんも、木馬亭へゆこお、おおおう。

posted by mniijima : Jun 10, 2010

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