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May 5, 2010

  端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(3)

浪曲を演じる舞台のうえはKai-Wai散策さんの「『浪曲三味線』はいかが?」で詳らかではございますが、後ろに金屏風、浪曲師の前に口演台となるテーブルがございまして、曲師はたいてい幕やついたてのうしろへ隠れて浪曲師をサポートいたします(そうでないこともあるそうな)。
演劇的なセットはございませんので、如何なる演目においても(物語の)状況はあくまでも浪曲師の(節=歌とせりふ)言葉と曲師の三味線のみで表されます。
節やせりふといった文句の中で雪が降っていれば客たちは「ああそうなのか」と頭で思うのではございますが、そこにしんしんとした雪景色をイメージとして立ち上がらせるのは曲師が付ける三味線の音であったのでした。またときには登場人物の感情までも表すその音が、浪曲師の言葉を増幅させて物語のなかへはいってゆく手助けとなっているようなのでございます。

また曲師の三味線は、おそらくはもともとは大道の芸であったという(浪曲の)ルーツを思わせるのですが、たいへんエモーショナルなもので、これは長い歴史のなかでソフィスティケイトされた長唄(三味線)などの表現とは甚く異なりまして、瞬間的に聴くものの心にぐさりと入り込んでくるように感じられました。
それは殊の外よい心地なのでございます。
三味線は、糸の振動が竿に触れてビヨーンサワサワサワと鳴るというたいへん独特な構造を持っていて(これがギターなら不良品または要調整)、これを「さわり」と呼ぶそうなのですが、浪曲三味線にはこの楽器的特徴だけでなく、思いきり撥で弾いた反動で糸が本体の皮やそれこそ竿にまで当たってバチッという打撃音を加えた奏法が目立つことが判りました。このノイジーな奏法はどちらかというと地方の民謡などをルーツに持つのではないかしら? そんなことを考えながら伊丹秀敏師匠の芸を聴いておりました。

正直なところ、浪曲演目の所謂「なにわぶしだよねぇ」という世界観が現代におきましてどれほど通用するかと云えば、甚だ残念なことになるのかもしれません。然し乍ら明治の時代にジャンルとして確立され、大正、昭和と、近代日本の大衆の中で育まれ、愛されてきた民衆の哀歌が、このような高い完成度の芸能として在ることに感動を覚え、また同時に憂慮の念も抱かずにはいられませんでした。
こうした状況描写や感情描写を受け持つ曲師の芸を目の当たりにできましたこと、「席亭 宇」にて開かれました「浪曲の夕べ」はまたとない素晴らしい時間でありましたこと明らかなのでございます。


<<関連エントリー>>
●MyPlace: 浪曲の夕べ:伊丹秀敏師匠の三味線と浪曲をきいた

●Kai-Wai散策: 席亭 宇『浪曲の夕べ』

●Kai-Wai散策: 宇 光 景

posted by mniijima : May 5, 2010

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