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May 24, 2010
  夏隣る空は沈んで樹木浮く


富士に降った雨雪が、八千五百年前の噴火でできた三島溶岩流の内部を経て地表に湧き出る処。その湧水量は東洋一とか。
この湧水地には朝な夕な幾度となく足を運んでおりましたが、陽の高きとき、その陽の姿も包有してしまうことに気づかなかったのは迂闊でございました。
と言ふわけで、写真機は持っておらず、電話のカメラ機能にてキャプチュアするしかなかったお粗末でございます。
これもまた黄金週間でのこと。


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May 19, 2010
  秀抜な黒子たちによって支えられるものがたり

そほいえば、まだ書いていなかつた感想文。有楽町では毎年恒例になってまいりましたラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンがショパン生誕200年で盛り上がっていたであろう、黄金週間のとある日、わたくしは地方のシネコンでそのショパンのピアノ協奏曲を聴いておりました。
と言いますのも「のだめカンタービレ 最終楽章 後編」(!)を娘や姪子たちと観にいったのでした。この映画の前編は観ていないのですけれど、ピアノ演奏の吹替えをラン・ランが(前編も)おこなったということを遅まきながら知ったので、娘たちを連れていったというより、くっ付いて行ったようなものでした。

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11:36 AM permalink | classical music | movie | comments (4) | trackbacks (0)

May 17, 2010
  薫風ふく永田町、此処が道頓堀だっていいぢゃない

歌祭文は錫杖を片手に、もう片方には法螺貝をもって歌い語る芸能であったようです。多くコピーペーストされ続けた文献に、法螺貝は吹くものとして挙げられていたようなのですが、小沢昭一氏の聞き書き「日本の放浪芸」によりますと、法螺貝はメガホンの代わりなのだそうです。もちろん門付けの芸。
文楽の「新版歌祭文」の冒頭は、この歌祭文を、世話物本を売る繁太夫節の門付けに替えて演出が為されており、義太夫語りによる繁太夫節という複雑な状態を、ああさすがに繁太夫節は哀切な語り口だなぁなどと知った口を聞けるほど違いを感じることが出来なかったのは日本人として甚く悲しいことでした。

五月十六日の日曜日、待望の文楽による人形浄瑠璃を永田町の国立小劇場にて観てまいりました。
演目は先にも記しました「新版歌祭文」と、舞踏もので短いけれど華やかな「団子売」。

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11:59 PM permalink | jpn traditional music | comments (0) | trackbacks (0)

May 12, 2010
  黒と白の狭間で生きた一世紀

昨日(11日)の朝刊にリナ・ホーンの訃報記事が掲載されておりました。
享年九十二歳の大往生。


レビュー・ソング(1)

レビュー・ソング(2)

レビュー・ソング(3)

20世紀の歌姫たち(3)

彼女と、他の素晴らしいミュージシャンが出演した1943年の映画「Stormy Wheather」を観てみたいと思っているのですが、国内ではまだDVD化されておりませんで、叶っておりません。(上記「レビュー・ソング(3)」にてトレーラーをリンクしています。)

リチャード・アヴェドンが撮影したLPジャケットを掲げながら「Lena: A New Album」を聴いて追悼。

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May 10, 2010
  端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(番外1)

放浪の大道芸、諸芸を包含し、浪花節。

空き地に、人を集めて、これ「開き」といふ。
たまに高座を葭簀で囲んだ「開き」あり。
仮説小屋、中には桟敷、これ「箱店」也。
ときは文明開化、明治初期、寄席への進出、前夜のこと。

「浪曲の夕べ」にて伊丹秀敏師匠による浪曲・曲師の至芸を堪能し、冨士路子さんの実口演に触れたわたくしですが、この浪曲なるジャンルがいかに成立してきたのか、そういうことに甚く興味が湧く体質なのですよ。
ところが事前に読んでおりました
●「実録 浪曲史(唯二郎著 青峰書房刊 ISBN 978-4885920486)」
は、浪曲創成期のころの記述に乏しいのです。
いくつかの既存大道芸、放浪芸がミクスチュアされ、それらが明治期にひとつのジャンルとしての浪曲へと至ったのだそうですが、そのあたりを詳らかにするには他の資料をあたるのがそさそうです。

●「定本日本浪曲史」を記した正岡容氏に師事された大西信行氏による、
●「浪花節繁昌記(大西信行著 小学館刊 ISBN 978-4093872645 絶版かも。小学館のサイトでは検索にかかりませんでした。)」
●そして小沢昭一氏の「日本の放浪芸」が参考になります。

小沢昭一氏が1970年代におこなったたいへん貴重な聴き歩きの結実「日本の放浪芸 小沢昭一著」、現在入手しやすいのはオリジナル版と記されました岩波現代文庫版(ISBN 978-4006021054)ですが、白水社版(ISBN 978-4560035856)が写真が多くて参考になります。ただし高価な本ですので興味のある方は図書館などで探してみてください。
この本は浪曲のルーツだけでなく、わたしたちの国にある(あった)様々な芸能を取材しており、ほんとうに素晴らしい仕事を為してくださったとページを捲るたびにその感が強まります。そして本だけでなく(どちらかといえば、こちらが主なのだと思いますが)音源も残してくださっております。
わたくしはこの小沢氏が集めた音源を未聴なのですが、他のシリーズも含めてこれから是非揃えてゆきたいと強く思っているのであります。

(番外2 はそのうちに、)

4:32 PM permalink | jpn traditional music | comments (2) | trackbacks (0)

May 5, 2010
  端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(3)

浪曲を演じる舞台のうえはKai-Wai散策さんの「『浪曲三味線』はいかが?」で詳らかではございますが、後ろに金屏風、浪曲師の前に口演台となるテーブルがございまして、曲師はたいてい幕やついたてのうしろへ隠れて浪曲師をサポートいたします(そうでないこともあるそうな)。
演劇的なセットはございませんので、如何なる演目においても(物語の)状況はあくまでも浪曲師の(節=歌とせりふ)言葉と曲師の三味線のみで表されます。
節やせりふといった文句の中で雪が降っていれば客たちは「ああそうなのか」と頭で思うのではございますが、そこにしんしんとした雪景色をイメージとして立ち上がらせるのは曲師が付ける三味線の音であったのでした。またときには登場人物の感情までも表すその音が、浪曲師の言葉を増幅させて物語のなかへはいってゆく手助けとなっているようなのでございます。

また曲師の三味線は、おそらくはもともとは大道の芸であったという(浪曲の)ルーツを思わせるのですが、たいへんエモーショナルなもので、これは長い歴史のなかでソフィスティケイトされた長唄(三味線)などの表現とは甚く異なりまして、瞬間的に聴くものの心にぐさりと入り込んでくるように感じられました。
それは殊の外よい心地なのでございます。
三味線は、糸の振動が竿に触れてビヨーンサワサワサワと鳴るというたいへん独特な構造を持っていて(これがギターなら不良品または要調整)、これを「さわり」と呼ぶそうなのですが、浪曲三味線にはこの楽器的特徴だけでなく、思いきり撥で弾いた反動で糸が本体の皮やそれこそ竿にまで当たってバチッという打撃音を加えた奏法が目立つことが判りました。このノイジーな奏法はどちらかというと地方の民謡などをルーツに持つのではないかしら? そんなことを考えながら伊丹秀敏師匠の芸を聴いておりました。

正直なところ、浪曲演目の所謂「なにわぶしだよねぇ」という世界観が現代におきましてどれほど通用するかと云えば、甚だ残念なことになるのかもしれません。然し乍ら明治の時代にジャンルとして確立され、大正、昭和と、近代日本の大衆の中で育まれ、愛されてきた民衆の哀歌が、このような高い完成度の芸能として在ることに感動を覚え、また同時に憂慮の念も抱かずにはいられませんでした。
こうした状況描写や感情描写を受け持つ曲師の芸を目の当たりにできましたこと、「席亭 宇」にて開かれました「浪曲の夕べ」はまたとない素晴らしい時間でありましたこと明らかなのでございます。


<<関連エントリー>>
●MyPlace: 浪曲の夕べ:伊丹秀敏師匠の三味線と浪曲をきいた

●Kai-Wai散策: 席亭 宇『浪曲の夕べ』

●Kai-Wai散策: 宇 光 景

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