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明日へ続くと書きながら、間を置いてしまった体たらく。
四月二十四日、松戸の「席亭 宇」にて行なわれました「浪曲の夕べ」の第一部は、曲師・伊丹秀敏師匠の至芸を味わおうという、なかなか稀な企画でございました。そもそも浪曲における曲師は如何なる仕事を受け持ち、主となる浪曲師の芸を如何に支えているのかを弟子の水乃金魚(みずのきんとと)さんが進行を務め、それに師匠が応え、演じてみる、というものでございました。
伊丹秀敏師匠は、大正から昭和の中頃まで大活躍をされた浪曲師、(二代天中軒雲月改め)伊丹秀子さんのお弟子さんだったとのこと。八歳でこの道に入門されたのだそうです。
continue reading "端座する名人の背は伸び撥踊る、声色許多で間を走る(2)"
9:09 PM permalink | jpn traditional music | comments (6) | trackbacks (0)
上野駅を発った常磐線は、隅田川、荒川放水路、綾瀬川、中川と越えてゆき、江戸川を渡れば、其処は千葉県で、ほどなくして松戸駅に着きます。こちらの方面へほとんど来ることのないわたくしですが、四月二十四日の土曜日は、初めてこの松戸に降りたのでした。
駅の西側、江戸川に近いところには坂川を中心にいくつかの川や水路があって、わたくしの目を楽しませてくれるところのようでございます。
ところがこの日、そんな街をゆっくり見物しているどころではございませんでした。駅近くの好立地にございます「席亭 宇」に行かなくては。
「席亭 宇」の名が出れば、当ブログをお読みになられていらっしゃる、おおよその方々はお気づきだと思います。「アイリッシュ・ミーツ・ラテン」へ行ったとき、玉井さんからお誘いがあったのでした。
MyPlace
・「伊丹秀敏の三味線 4月24日土曜日」
Kai-Wai散策、masaさんの、
・「『浪曲三味線』はいかが?」
・「『浪曲の夕べ』への誘い」
洋楽に詳しいが、邦楽にはあまり親しんでこられなかったと仰るmasaさんが、これは凄いと惚れ込んだ三味線。それはいったいどんな音色を聴かせてくれるのか楽しみでなりませんでした。
ところで、わたくしはこれまで小唄や新内流しなどは聴いてきたものの、浪曲にはほとんど縁がございませんで、昨年あたりお世話になっている知人の父君より、浪曲はいいよと、そして浪曲師だけでなく、曲師の合いの手も上手い人のものには陶酔できると、インド音楽のラヴィ・シャンカールやオスカー・ハマーシュタインのミュージカル、オペラのキャスリーン・バトルやレニ・フレミングなどを引き合いに出して教えてくださっていたのでした。
わたくしのなかでは機がまさに果実のごとく熟して、いまにも枝からこぼれ落ちそうになっていたわけです。あとは手を出してみるだけ。
まずは図書館へゆき、浪曲のCDを数枚、そして浪曲の発生や歴史を知りたく「実録 浪曲史 唯二郎著 青峰書房刊」を借りて読んでみたのでございます。
ところで「浪曲の夕べ」が催される二日前、こんなことがございました。
MyPlace
・「新島さんから送られたメール」
曲師に注目した会が行なわれようとしているところへ、なんというタイミングでしょうか。ますます伊丹秀敏師匠の三味線が聴きたくなりますよね。
(明日へ続く)
11:59 PM permalink | jpn traditional music | comments (0) | trackbacks (0)
ここは東京、渋谷。駅前からかつての大和田横町を抜け、道玄坂を渡って、百軒店へ。その百軒店も反対側へ抜け、円山町のホテル街にあるライブハウスへ。
彼女の出身地方【追記:注】は、彼女曰く、これ以上田舎なところは他所にないほど田舎なのだそうです。そして彼女はその地にある泉のほとりへ出掛け、ひとり、笛を吹くことがあるそうです。彼女の笛の音色が汚れなく澄んでいて、それを聴くわたしたちの心をも浄化するような響きであるのは、彼女が過ごしてきた斯様な環境が大きく影響しているのかもしれません。
篠笛、神楽笛を吹く、ことさんのライブを渋谷7th FLOORへ4月14日、新月の日に、聴きにゆきました。
和ものの笛ですが、彼女が此処で奏でる音楽はあくまでもインストゥルメント・ポップスと云えばいいのでしょうか。ドラム、Eベース、ピアノ、アコギをバックに従えた編成。そうですねぇ、例えば世界遺産の番組(ってまだ放送されているのかしら?)のようなもののオープニング・テーマにしたらとてもマッチしそうですし、映画のサウンドトラックとしてもよさそう。すなわち音楽だけを聴いていますと映像を喚起する力があるのかもしれません。
シンプルなビートのうえに、たゆたう時間を乗せたメロウな曲、奇数拍子に複雑なメロディ、多彩な展開を持つアッパー曲など、どれも楽しい。
そしてことさんの笛。ピーっと高い音域を吹いても決して耳が痛くならないのですが、これは和楽器特有の性格という以上に、細やかな装飾音がたくさんついて、そしてロングトーンの最中も息の加減が微妙にコントロールされる奏法に大きく依っているのかもしれません。さらには笛を持ち替えてアルトな音域になりますとその柔らかさに空気の密度が一層増すようにも思えます。
そしてそれらは甚く澄んでいて美しいのです。
彼女は広島の県北部の山間で盛んに行なわれているそうな神楽団(石見神楽の系流のようです)の一員を父にもつ、いわばエリート。ここまでの笛吹きになるまで血のにじむような努力があったのでしょう。そして得た音色は先に記しましたように、わたくしが訪れたことがない美しい日本の、その水に洗われて育まれてきたのでしょう。
ライブハウスを後にして、駅まで戻る途中、再び百軒店へはいってゆきました。こんな時間の此処には怪しい店に導こうとポン引きたちがうろうろしているのですが、声をかけてきたうちの一人は、わたくしに「兄さん、もう一軒どう?」と訊いてきたのです。「もう一軒どう?」と。
果たして、わたくしはそんなに満足げな顔をしていたのでしょうか?
【追記:注】風情溢るる田舎は、彼女のご賢父様の出身地とのこと、ご教示いただきました。ご本人は斯様な処へ神楽の鍛錬のために通い続けたとのことでした。
誤記に関しまして、関係各位様にご迷惑をお掛けしましたこと、深くお詫び申し上げます。(22年4月16日)
10:01 PM permalink | music | comments (0) | trackbacks (0)
Be Bapが(1940年頃を中心として)誕生したことで、Jazzは、それまでの付随音楽を脱却し、ようやっと純粋器楽へ到達したと私的には考えております。
そのBe Bapをしっかりと手中にしているミュージシャンって意外に少ないのかもしれません。
わたくしにとってのアイドル、白崎彩子さんは、確実な技術と溢れる歌心をもってBapをJazzを奏で、そしてわたくしたちは安心してそれに聴き入ることができるミュージシャンでありましょう。
普段はブルックリンに住む彼女の生の演奏を聴く機会は限られており、前回2年前に帰日されたときには都合をつけることが敵わず残念なことになってしまったのですが、今回は日本ツアー最終日の4月8日に行くことができたのでした。
昨年は、3月にドイツで開催されましたInternational Jazz Solo Piano Festivalへ招かれ開催国各地へ、そのときの演奏が好評で10月には再度かの地を踏んで8カ所、ソロとトリオでツアーを行なっております。そんな上昇気流が今回にも表れていたようで、鋭く切り込むような、圧倒されるアドリブは健在であっただけでなく、音の幅に膨らみがあってより進化した彼女の姿を聴くことができたように思えます。
今回共演したメンバー、安カ川大樹さん(B)、橋本学さん(Dr)は、最近わたくしの仕事の関係でお世話になっているお二人で、白崎さんの音楽性にたいへんよくマッチした強力なトリオになっていたことがさらに印象を強めることになりました。
今後も彼女の演奏には目が離せません。次回の帰日がいまから楽しみでならないのです。
白崎彩子さんの素晴らしい演奏の一端は彼女のサイトで見ることができます。
●白崎彩子 Official Site:
・Japanese Top
・Video page
●拙ブログ関連エントリー
・白崎彩子ライブ
【追記】
●International Jazz Solo Piano Festivalにおける、ベスト・テイク集
iTunes Store:Best of 1st International Jazz Solo Piano Festival 2009から、
track 7: Con Alma
track 8: Someday My Prince Will Come
track 9: Lennie’s Pennies
の3曲が白崎彩子さんの演奏です。もちろんアルバム買いでも充分楽しめます。
12:00 PM permalink | jazz | comments (4) | trackbacks (0)
ステージはアルバム「Take Love Easy」の曲順と同じく「Beautiful Love」〜「Take Love Easy」と進みました。
1曲目の歌の出だし、まったく音程が合わなかったので、どうした!と思ったのです。その後も数度、音程を外すシーンが見受けられました。そして間奏になりますとその歌い手はモニターPAまで寄ってゆき、エンジニアに耳打ち、、、
これを二度行なった後、ソフィー・ミルマンの歌う音程は安定しました。なるほど、モニター・バランスが悪かったのですね、可哀想に。然もこのステージは来日公演3日間の初日とはいえ、セカンド・ステージ。モニターの状況がファーストと変わってしまったのでしょうか? あまり褒められた仕事ではありませんね。
ということで、聴く側もほっとして3曲目へ。そう、期待に違わぬ「I Concentrate On You」をアルバムより若干落としたテンポで奏でられました。
ああ、心地よい。温かいものに包まれるような感覚が彼女から発せられる声にはあるのです。
彼女はライブでもスキャットはやらず、元のメロディを大切に軽いフェイクを交える程度でした。新たな発見として、高い声域に至ったときにかけられる細やかなヴィブラート、その美しさに引き込まれ、語尾の印象を深いものにさせられます。
バックの演奏はジャズ・コンボ(サックス含むクァルテット)らしく間奏ではアドリブが、フロントのサックスや、ピアノだけに留まらず、ベースやドラムにも回されてゆきますので、ライブならではの高揚感も味わえました。中間部ではソフィーは楽屋に引いて、バックのみで「Take The A-Train」を披露。メンバーはレコーディングのときとは異なり若手で組まれておりましたが、みな歴戦の勇士らしくホットな演奏が繰り広げられました。
後半ではブルース・スプリングスティーンの「I'm On Fire」がなかなかの聴きものでございましたが、アンコールの「Tenderly」をピアノとデュオで聴かせてくれたのが何と云っても素晴らしかった。この曲は彼女の何れのアルバムにも収録されていないのですが、たいへん彼女にマッチしたナンバーだと同行者(ヴォーカリスト)も思ったようでした。この音域幅の広いメロディを、しとやかに、かつ匂いやかに歌うソフィーは、この詩に表れるような、風であり、波であり、吐息であったのでした。
あっという間の(およそ)75分。
(4月9日 @ブルーノート東京/ 2nd ステージ)
●拙ブログ「I concentrate on Sophie.」

11:59 PM permalink | jazz | comments (0) | trackbacks (0)
ポジ・フィルムで撮った写真を画像データにし、アンドロイドに詰め込んできたものを、ボーンズ、スプーンズを鳴らし、あの上半身を固定した特殊なダンスも習っているという若者に見せながら、それらの撮影をしてからもう10年ほど経つのだと、わたくし自身は感慨に浸っていたのでした。
ユーラシア大陸の東の端のさらに先にある島国から、広い広いその大陸の西の端のその先にある島国、アイルランドへ訪れたのは2000年のことでございました。
ダブリンの楽器屋の店主、クロンマクノイズの学芸員の兄ちゃん、ゴールウェイのホテルの人たち、アデア村のパブで一緒にサッカー(TV観戦)を見ようと誘ってくれた初老の紳士。あの国のことでいちばんに思い出すのは、いま挙げた人たちのこと。彼ら彼女らの気さくで、優しい性格に支えられながら旅を続けたことでした。
continue reading "西の端の気さくな人たち、東の端の心地よい若ものたち"
10:27 PM permalink | music | comments (4) | trackbacks (1)
年間いったい何枚の音楽ソフトを購入しているのか、きちんと数えたことがございません。気に入らなかったものはすぐ中古店へ売ってしまい、また新たなものをと繰り返しています。
気に入ったものはそれこそ何度も繰り返し聴き込むのですけれどね。
昨年、新譜で購入したディスクのなかで、もっとも聴き込んだのはSophie Milmanの「Take Love Easy」だったかもしれません。擦れたアルト声域が彼女の最大の魅力でしょう。発音の滑舌がクリアとは云えないのですが、ロシア→イスラエル→カナダという彼女の移住歴からそのような(英語の)発音が生まれたのではないかと勝手に想像しております。
数年前に彼女のデビュー・アルバム「Sophie Milman」を聴いたときには、若い娘なのにずいぶんと大人っぽい雰囲気だと感じたのですが、「Take Love Easy」を聴いた後には、やはり(デビュー)当時21歳ということが感じられる、これはすなわち「Take Love Easy」では声質や歌唱技術において随分と成長した姿を聴くことができたことに由縁すると思います。殊に声の抜き方と云えば宜しいのでしょうか、彼女のハスキーな、そして意外と芯のある声質から、ふわっと、吐息成分が増すところに甚く心地よさを感じます。
とりわけ好きなのが「I Concentrate On You」と、「Triste」。1st では「My Heart Belongs To Daddy」と、それに続くロシアの歌「Ochi Cherney (Dark Eys)」。
今夜、これらの曲を聴くことができるでしょうか?
ブルーノート東京へ行ってまいります。
1:37 PM permalink | jazz | comments (2) | trackbacks (0)
土埃を頭上の青い空に舞い上げながら路線バスが走ってゆく。道沿いの商店の軒は低くどこにでもあったような駅前の光景。昭和40年代前半まではこのような様子がうかがえたのが、46年以降「吉祥寺サンロード」と呼ばれているアーケード商店街の、かつての姿でした。此処は吉祥寺駅を北口に降りた正面にあって、現在に至っても商業地区吉祥寺の顔的存在であるかもしれません。(そういえば平和通り商店街=北口駅前からパルコまで、も歩道の上にはアーケードがかかっておりましたが、現在は撤去されておりますね。)
同じ頃(注)、当時国鉄吉祥寺駅の高架下に細長い駅ビル「ロンロン」が開店しておりました。駅改札から直結し、食品や土産物、衣料から趣向品までなんでも揃う商店を抱えるこのビルは、サンロード以上に便利なものでした。
(注:開店は昭和44年12月だったそうです)
私的には、レコード店・新星堂さん、書店・弘栄堂さんでは随分と買い物をしたものでした(書店では立ち読みもさんざん、、、)。
また駅周辺には1階が自営の店舗で、その階上に暮らしていたクラスメートたちが多くおりましたが、それらのなかにはロンロン内に出店しているお宅もございました。その店が最近まで出店していたかどうかは存じ上げませんが、この駅ビルはわたくしにとりまして地元の商店街みたいな存在でございました。
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7:39 PM permalink | 中央線 | comments (0) | trackbacks (0)
イタリア映画と云えば、フェデリコ・フェリーニのことを思い出す人が多いと思います。そのフェリーニの代表作「8 1/2」は、創作活動における自身の姿をだぶらせ、クランクインが迫るのにまったくアイデアが浮かばない映画監督を描きながら、実際の映画は完璧なアート・フィルムとなった希有な作品。
其処には1960年代に映画を作るということはどういうことなのか、人を愛するということはどういうことなのか、自分とは何者なのか、そういった哲学的なメッセージが彼方此方に散りばめられていたように思えます。
その「8 1/2」をベースにスクリプトが書かれたミュージカル「NINE」の映画版を見て参りました。
監督は、これもミュージカルの映画化を為した「CICAGO」のロブ・マーシャル、グイド・コンティーニにダニエル・デイ・ルイス、その他豪華女優陣。

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10:59 PM permalink | movie | music | comments (2) | trackbacks (0)
2回ほど続けたメキシコ(音楽)から、きょうはイタリアへ飛んでみましょうか。
イタリアの民俗歌謡(?)といってよいのかもしれません、カンツォーネってほとんど馴染みがございませんでした。ところが先日、あるところでNilla Pizziという歌手の音源を聴く機会がございまして、これが素晴らしくて甚く気に入ってしまったのでした。
英語のwikiが寂しい状態ですが(ちなみに、わたくしには無理なのですが伊太利亜語が解るかたはこちらへ)、SPの時代、1944年に初めてのレコードが出てから、50年代、60年代が活動の中心で、現在に至っても芸能活動をしていらっしゃるようです。そのキャリアのなかで燦然と輝くのが第1回サンレモ音楽祭(1951)の優勝という栄誉のようです。
わたくしは彼女の50年代の音源を(LPで)聴いたのですが、その後中古レコードで探してもまったく見つからず、再発されているCD(たいていはベスト盤的なもの)にもお目当ての楽曲がございませんでした。そこでiTunes Storeから(著作隣接権が切れた音源を利用してリリースされた=これは合法です)、ベスト・アルバムを購入したのでした。
continue reading "サンレモから届いた一輪の華"
9:52 PM permalink | music | comments (2) | trackbacks (0)