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March 24, 2010

  ナインティーンシックスティーズ(3)

何がわたくしを惹き付けるのでしょうか?
1960年代のポピュラーヴォーカル。
この時期のLPレコードは中域がブ厚く(一部スクラッチノイズの影響を隠すための処理とも言われておりますが)、要のヴォーカルのリアリティに富んでいる、そんな音のことだけでなく、魅了される何かがあるように思えます。
ときに、世界の状況がシビアになって、音楽の世界でもロックやSSWが台頭してきており、甘い浮き世ごとを歌うポピュラーソングにリアリティが失われてきたのかもしれません。多くの歌手が引退を強いられたり、また路線変更を余儀なくさせられたころ、時代錯誤とも捉えられる音楽を続けてゆくことに、焦燥感や諦念だけではない何かを信じる気持ちが其処にあったのかもしれません。
65年に生まれたわたくしにとって、その時代のことをリアルには知らないからこそ、何故か無性に恋い焦がれてしまうのかもしれません。

Peggy Lee / Big $pender (1966 / Capitol / Stereo)

Peggy Leeは50年代にリリースした「Black Coffee」がもっとも有名なアルバムなのでしょう。このハスキーなヴォーカルに魅了された人たちがたくさんいるようでございます。60年代になってまいりますと、その声はもう少しふくよかになったように思えます。そして決して熱く歌い上げることのないソフトでクールな魅力にも磨きがかかってきたのではないでしょうか。

彼女のキャリアは1941年、ベニー・グッドマン・オーケストラへの参加から始まりました。このとき21歳。その後1990年代初頭に至るまで活動を続けておりましたから、同時代人のエラやサラなどとともに息の長い活動をすることができた数少ない歌手のひとりでありました。バリバリのモダン・ジャズ・ヴォーカルで第一級の活動をしていったエラやサラとは違い、多くの歌手が廃業に追いやられた60年代にもポピュラーな路線を押し通すことができ、後年まで続けてゆくことができた訳のひとつに、彼女にはソング・ライターとしての才能があったことが挙げられるのではないでしょうか。古くは50年代のディズニー映画「わんわん物語」への楽曲提供(および歌唱)がありますし、60年代、クインシー・ジョーンズのプロデュースで、ブルースによるアメリカ一周というコンセプトアルバム「Blues Cross Country」にてクインシーと共作していたりするのです。またラテン・アルバム「Ole Ala Lee!」、「Guitars Ala Lee」などにも彼女のクレジットを見ることができます。

さて、そんな多才な彼女が1966年にリリースしましたアルバム「Big $pender」ですが、オープニングの楽曲「Come Back To Me」が凄いです。高速スイングでチャカポコチャカポコとボンゴのリズムがドライブし、ホーン・セクションが吠えまくるなか、ペギーのヴォーカルはいつものごとく落ち着き払っています。ここでもソフト&クールなのか。
ところがこの曲、AABCAABCというブロックで構成されているのですが、最後のCブロック、in a crate, in a trunk, on a horse, on a drunkという歌詞のところになりますとホーンに煽られてか、クールなペギーが熱くなっているのが判ります。まるで耳朶から襟首の白さをほんのりと薄桃色に染めるかのごとく、それは美しい人の決して見ることの叶わない姿を見てしまったかのような、きまりの悪さを隠せない密やかな感動に包まれます。

スローな曲では「Watch What Happens」が素敵です。ふっくらとしたサウンド、歌にやさしく寄り添うフルートやホルン、トランペットのフレーズの美しさ、そして震えるように歌うペギーの声に陶然となってしまうのです。
「You Don't Know」はロックン・ロール。彼女はロックへの理解が他のポピュラー・シンガーより深く、ポール・マッカートニーなどとも親交があったのだそうです。

このアルバム、CDでは1964年作の「Pass Me By」との(2作品がカップリングされました)2 on 1アルバムとなって聴くことができます。「Pass Me By/Big $pender


※「Come Back To Me」詩: Alan Jay Lerner, 曲: Burton Laneによる1965年のミュージカル「On a Clear Day You Can See Forever」での終曲。

※「Watch What Happens」詩: Norman Gimbel (original French lylics: Jacques Demy), 曲: Michel LeGrandによる1964年のフレンチ・ミュージカル映画:シェルブールの雨傘から「Recit de Cassard」の英語詩ver。元々はルグランが「シェルブール〜」のドゥミ監督の前作「ローラ」のために書いた曲で、「シェルブール〜」のときドゥミ自身が詩を書いて使用したのだそうです。
うちにあるシェルブール〜のサントラ盤(CD)はこれ「Les Parapluies De Cherboure」、とても有名な「Devant le Garage:ガレージの前で」をはじめとして美しいメロディがたくさんあって併せてお勧めであります。

※このアルバム「Big $pender」のためのレコーディングは、1965年10月27と29日、および66年2月1日に行なわれたとThe Peggy Lee Bio-Discographyに記載がございます(このサイトは凄い)。

posted by mniijima : Mar 24, 2010

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