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August 9, 2009

  天空を臨むトラックの荷台

厚い雲に覆われた日曜日、JR三鷹駅前にございます、三鷹市美術ギャラリーへ行ってまいりました。駅前にこのような施設ができていたとは存じませんでした。

牧島如鳩展−神と仏の場所−
2009年 7月25日(土)〜8月23日(日)
三鷹市美術ギャラリー
【開館時間】 10:00〜20:00(入館は19:30まで)
【休館日】 月曜日
【観覧料】 会員=480円 一般=600円 65歳以上・学生(大・高)=300円
中学生以下・障害者手帳をお持ちの方は無料


牧島如鳩=まきしまにょきゅう(1892-1975)の簡単な履歴は上記リンク先で確認いただきたいのですが、ほとんど知られていなかった彼の作品群が巡回展というかたちで足利市から始まり、ようやっと首都圏へやってきたのです。これは見過ごせません。

正統的なイコン、正統的な仏画は、だんだんとクロスオーバーされてゆき、仏画的な顔を持つ聖母子像となったり、洋画的肉感の観音像となってゆくのですが、圧巻はある村で起こった連続多発的幻視体験を取材した「龍ケ澤大弁才天像」と、不漁に混迷した小名浜村漁港の依頼で制作した「魚藍観音像」でしょう。
上記のクロスオーバー化がもっとも進化し、双方の俯瞰絵には洛中洛外図的な要素も垣間見え、このような絵画をまったく見たことはございません。
しかも「魚藍観音像」のほうは漁港からの発注で、完成後この絵はトラックに乗せられ町中を走り回ったそうです(その後、めでたく豊漁が続いたとのこと)。
そうなのです。コレクターや美術館からの発注ではないのです。いままで見たことも無い観音様の姿が町中に晒される、これこそ芸術なのではないか!
会場のキャプションで如鳩は美術のメインストリームからははずれており、美術史的には門外漢であったとする記述が見られました。確かに(クロスオーバーした)技法は純粋なものではないかもしれません。しかし如鳩の心の中では神も仏も同様に尊ぶべき存在であったことは作品群からしっかりと発せられております。この作者の心の有り様は正しく純粋なものではないでしょうか。美術的権威から遠いところにあればあるほど、これら如鳩の作品が光り輝く存在に思えてなりません。いや、まったく、あっぱれな芸術作品を見せていただきました。

「龍ケ澤大弁才天像」や(千手観音)と同化した「聖母像」は、巡回が終了しました北海道立函館美術館のサイトでサルネイム画像を見ることができます。

posted by mniijima : Aug 9, 2009

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