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June 19, 2009

  偉大なる老翁によって成し得ること、成し得ないこと、(2)

今年3月まで神奈川フィルの音楽監督を務めておりましたハンス=マルティン・シュナイト氏も疑う余地なく偉大な指揮者の一人でございましょう。来年で傘寿となります氏には、まだまだ現役で頑張ってほしいものです。

さて、そのシュナイト氏のこと、もう一ト月を超えましたから書いてみることにいたします。
まだコートを羽織っておりました今年3月13日、シュナイト氏による最後の神奈川フィル定期公演に行きましたことは拙ブログでエントリーしておりましたが、これは定期演奏会の最後の出演でございまして、その後の5月には「シュナイト音楽堂」と題しましたシリーズの(最終)公演があったのでした。こちらこそシュナイト氏と神奈川フィルの一応区切れの公演(とするのは、今後も客演というかたちでの共演があるかもしれませんし、それを期待しておりますから)であったわけです。
その5月16日の公演につきましては、かなり以前から存じ上げており、楽しみにしていたのですが、直前に何とわたくしは臆病になって結局行かなかったのでした。

その日の公演の模様は、それに行かれた熱心な神奈川フィル、そしてシュナイトのファンの方々のブログを読ませていただき概要を知り得たわけですが、それはそれは壮絶なコンサートだったようでございます。
音楽的に、いや、どうやら音楽なんてものを遥かに超えた人と人が繰り広げるドラマ? ドキュメント? あ、いや、そういった程度のものでなく、わたくしにはそれを言い当てる言葉を持ち合わせてはおりませんが、意地、執念、諦念、敬意、恩義、信頼、そして愛といったような人と音楽をつなぎ、人と人をつなぐさまざまな模様がそこにはあったように伝え聞くのでした。
その日おこったこと、それをここで記すことはいたしません。そこに行かなかったわたくしがいくら発したところで、それはあくまで2次的な情報でしかありませんし、臆病風に吹かれたわたくしにはそれを記す資格はございません。

そして其処へ行かなかったこと、その場で神奈川フィルとシュナイト氏、そして満員の聴衆と同一の時間を過ごさなかったこと、その共同体験の未遂はわたくしの心の中に大きくぽっかりと穴を空けた欠落となったのでした。

posted by mniijima : Jun 19, 2009

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comments

M.Niijimaさんが 臆病になられた理由は何なのでしょう?
「最後」に 立ち会いたくなかった?
感動しすぎるのを 警戒した?
期待が大きすぎて 重くなった?

M.Niijimaさんの音楽に掛ける情熱の強さが分かるようなエピソードだと思いました。

by 光代 : June 21, 2009 8:59 AM

光代さん、
お返事が遅くなりまして失礼致しました。
お尋ねの理由は、伝わるように説明をできるかどうか解りませんが、次回のエントリーで少し述べてみたいと考えております。
それまでしばしお待ちくださいませ。

by M.Niijima : June 22, 2009 2:18 AM

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