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まことお見事なハイドンでございました。
わたくしはまったく存じ上げておりませんでした指揮者、ミラン・トゥルコヴィッチ氏。彼はもともとファゴット奏者として欧州、そして世界で名を馳せた方とのこと。そのトゥルコヴィッチ氏が、ゲルハルト・ボッセ氏の代役として6月19日の東京都交響楽団 A定期演奏会の指揮台に登ったのでした。
ハイドン:交響曲第13番
モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番(独奏:アンティ・シーララ)
(アンコール:ショパン:マズルカ変イ長調 op.50-2)
ハイドン:交響曲第103番「太鼓連打」
という渋い演目はボッセ氏の提案も大きかったのかもしれません。その当初からの演目をトゥルコヴィッチ氏も引き継いでの公演。
全部で104つあるハイドンの交響曲の全てに触れることはまったく適いません(交響曲全集のCDは、わたくしの知るところ3種ありますが!)が、殊に番号の若い楽曲には甚だ無知なのでした。
13番の演奏も、今まで聴いたことはございませんでしたので、どんな曲だろうかと事前に聴いてみたくなり、単独の盤で探せるかどうか判りませんでしたが、中古CDショップへ行ってみますと、なんとNAXOSレーベルにございまして(ヘルムート・ミュラー=ブリュール指揮/ケルン室内管弦楽団)早速入手したのでした。さすがNAXOS。演奏も良いのですよ!
そしてそして、とても清々しい曲で何度も聴いているうちにすっかり気に入ってしまったのでした。
軽快なテンポで始まりました13交響曲。弦5部は86432と時代性を感じさせる小振りな編成。しかしホルンが4本と過剰(楽譜指定)。そして舞台にはチェンバロも備わっております。CDの演奏にはチェンバロは加わっておりませんでしたので、改訂稿などの違い(があるのかどうか?)によってチェンバロの有無があるのでしょうか?
踊るようなリズムに支えられて心地よいです。2楽章は弦楽の伴奏と独奏チェロ(首席奏者である、古川展生氏)の旋律がよく歌い、さらにチェンバロのサポートが効いていて無常の喜び。
4楽章の主題はモーツァルトの41番(ジュピター)終楽章のあの4つの音が。そして対位法的に展開され、ジュピター誕生四半世紀前の偉大なる先駆、その音の綾をトゥルコヴィッチ氏と都響が爽快に織りなしてゆくのでした。
気持ちいー!
5:56 PM permalink | classical music | comments (2) | trackbacks (0)
ひとことで言い尽くせるような端的な理由はなかったのです。直前になって俄に臆病風に吹かれ、行くことをやめてしまいました5月16日のコンサート。シュナイト氏と神奈川フィルはこれ以降しばらく共演することがなくなるだろうというのに。
その最後になるかもしれないという舞台ではありましたが、わたくしにはどんな状況でありましょうとも音楽を音楽として判断する力は充分に備わっており、最後という単語が持つ特別な響きに惑わされ冷静な鑑賞ができなくなるとは考えませんでした。
もちろん音楽的には大きな期待感がございました。そして逆にその膨れ上がった期待がはずれた場合の失望も脳裏を過りましたが、このコンビへの信頼は、ここ最近の数少ないわたくしの経験だけでなく、(シュナイト氏が)音楽監督として就任する以前から(首席客演指揮者となった2002年頃より)両者が積み上げてきたベースがあってのことですから、そう容易く崩れるものではないとも思いました。ところが昨今日本の風土にうまく適応しきれなくなった(と非公式に窺っているのですが)シュナイト氏の健康状態は一番の気になるところではありました。
そう、正しくひとことでは云えないのです。自分のなかで混沌を築き上げたことによるサボタージュ。
先日のゲルハルト・ボッセ氏のこともあり、いかなる偉大な芸術家であっても寄る年波というのは避けられないことであり、だからこそ「今、聴くことができる」ことの大切さをあらためて思い知ったのでした。
11:59 PM permalink | classical music | essay | comments (0) | trackbacks (0)
今年3月まで神奈川フィルの音楽監督を務めておりましたハンス=マルティン・シュナイト氏も疑う余地なく偉大な指揮者の一人でございましょう。来年で傘寿となります氏には、まだまだ現役で頑張ってほしいものです。
さて、そのシュナイト氏のこと、もう一ト月を超えましたから書いてみることにいたします。
まだコートを羽織っておりました今年3月13日、シュナイト氏による最後の神奈川フィル定期公演に行きましたことは拙ブログでエントリーしておりましたが、これは定期演奏会の最後の出演でございまして、その後の5月には「シュナイト音楽堂」と題しましたシリーズの(最終)公演があったのでした。こちらこそシュナイト氏と神奈川フィルの一応区切れの公演(とするのは、今後も客演というかたちでの共演があるかもしれませんし、それを期待しておりますから)であったわけです。
その5月16日の公演につきましては、かなり以前から存じ上げており、楽しみにしていたのですが、直前に何とわたくしは臆病になって結局行かなかったのでした。
continue reading "偉大なる老翁によって成し得ること、成し得ないこと、(2)"
11:59 PM permalink | classical music | essay | comments (2) | trackbacks (0)
今月下旬には神奈川フィルの演奏会にて今春常任指揮者に就きました若きマエストロ、金聖響氏の2度目の定期公演があるのですが、今回はサボって、別のオーケストラへ。
ゲルハルト・ボッセ氏が客演指揮するとのことで東京都交響楽団のA定期公演(東京文化会館でのA公演と、サントリーホールでのB公演があるようです)6月19日分のチケットを買い求めたのでした。
ところで今月初めごろ、1通の手紙が都響から届き、よからぬ予感がしたのであります。なんとボッセ氏の体調不良により当日の指揮者変更の知らせだったのです。ボッセ氏は今年で87歳のご高齢であるにもかかわらず日本のオーケストラ、音楽推進のために彼方此方で活躍されている貴重な方です。この巨匠中の巨匠による指揮でのハイドンをたっぷりと堪能したくチケットを求めたので残念でなりませんが、御歳のことを考慮しますとこのようなこともある程度は念頭におくべきだったのでしょう。
代役はウィーンを中心にキャリアのあるミラン・トゥルコヴィッチという方だそうで、残薄な情報しか持っておりませんわたくしには初めて名を聞く指揮者ですが、ウィーン仕込みのハイドンの響きを楽しみたいと思っているのです。
そしてボッセ氏の1日も早いご快癒を願っております。
8:57 PM permalink | classical music | essay | comments (0) | trackbacks (0)
ショスタコーヴィチの音楽はヴォルコフによる「証言」によってだいぶ偏ったイメージが定着してしまったようですが、本当のところは本人以外誰も解らないのではないかと思うのです。
彼が書いた初期の弦楽四重奏のいくつかが殊に顕著であると思えるのですが、時代性や思想的背景などとは関係なく純な響きで満たされており、唯々美しいかたちの音楽が其処に在るといった印象を持つことができます(これは古典的な濁りの少ない三和音で楽曲が作られているという意ではなく、あくまでも音だけによって音でしか表現できない種の音楽になっているということです)。
今回、庄司さんが映像作家のパスカル・フラマン氏と共作したビデオ作品では彼女が弾くショスタコービィチ「24のプレリュード 22番アダージョ」が流れるのですが、この曲も本来音楽以外のことを必要としない純な響きで満たされていると思います。ところがふたりはそれを映像作品に付加させている...
この曲を弾く庄司さんのなかに何が起こっているのか、それを想像しながら作品を観てみました。
continue reading "かたち在るものが立ち昇る楽器の響き(3)"
10:21 PM permalink | General art | comments (2) | trackbacks (0)
もう終了してしまいました展覧会のことですが、画廊がひしめく東京・京橋の一角に比較的最近(2004年のことだそうです)オープンしましたPUNCTUMへ、庄司紗矢香展を観にいったのでした。
出展はカンバスに描いた油彩9点と、指定された時間に上映されるビデオ作品(これは庄司さんと映像作家、パスカル・フラマン氏との共作)1点。
絵画作品には例えば「遠くから Lontano」というタイトルとともに「ブロッホ:ソナタ1番2楽章 "Lontano"」とその絵を描いた素材としての楽曲楽章名が添えられておりました。とはいえその楽曲楽章全体から得られるイメージではなく、ある瞬間に過るイメージを絵画化したように判断できます。(その時間的に十数秒の音楽の断片はそれぞれの絵の下に用意されたポータブル・プレーヤーとヘッドフォンによって試聴可能になっておりました)
わたくしが「金属片や針金が重層的に折り重なり、そしてそれがひとつの塊になったような印象」と記しましたリゲティ作曲「ヴァイオリン協奏曲」の3楽章冒頭を描いた作品には女性の姿が認められ、その長い髪をたどりますと木が連なっているようなモチーフも描かれております。わたくしとは違って彼女はずいぶんと柔らかいイメージを見ているようですね。
そして同じく拙エントリーで「鄙びた旋律が印象的。」と記しました同曲2楽章を材にとりました作品では荒涼とした風景に思える黄土色の大地と山と捉えてよいのでしょうか、そしてその背後にヴァイオリンの弦を押さえる(彼女自身の?)左手を認めることができます。彼女は彼女の楽器が音を響かせるところから映像イメージを立ち上がらせているように思えます。
このことから他の誰かによる音楽演奏ではなく、あくまでも自身が発した音、響きそのものが映像化絵画化されていることが解るのですが、世界屈指の技術をもったヴァイオリニストの感受性を垣間みるようで興味深いです。
作品には「ベルク:ヴァイオリン協奏曲冒頭」から材をとりました「ある天使の思い出に」のように楽曲の標題的イメージをそのまま表した作品も見受けられましたが、先の「リゲティの2楽章」や「プロコフィエフ:ソナタ2番4楽章」からの抽象的な絵画作品のほうが私的にははるかに音楽を感じられるように思えたのでした。
6:04 PM permalink | General art | comments (0) | trackbacks (0)
大倉山でのコンサート(「それを燻し銀の音といふ(1)、(2)、(3)」)から帰宅し、ひとり遅い夕食をとりつつめくった夕刊。以前わたくしを哀しい気持ちに導きました梅津時比古氏のコラム、その最新稿に庄司沙矢香さんの名が見えましたので、本文を読まぬように気をつけながら、切り取り、スクラップブックに貼付けるという古典的アーカイブを為したのでした。
ところで6月1日、庄司さんが出演しましたMusic Tomorrow 2009でのホール・ロビーに並んだ(たいていは関連するコンサートのものが置いてある)幾つかのチラシのなかに、おや?というものがございました。
美術個展のチラシなのですが、そこに庄司紗矢香さんの名があったからです。
どうやら彼女が描いた絵と、映像作家と共作したビデオ作品の上映をカップリングした展覧会があるとのこと。わたくしは、ほほうと、その小さな紙片をさらに折り畳んで上着のポケットにしまったのでした。
後日の梅津氏のコラムに庄司さんの名が見えたとき、ははん、例の個展のことだなと、であれば梅津氏の素敵な言葉に触れる前にまずは自分の目で庄司さんの美術作品を見てみたいと思ったことが、そのコラムを読まずにスクラップブックへはさみ込んだ理由なのでございます。
8:03 PM permalink | General art | comments (0) | trackbacks (0)
勤め先の近くには学校がたくさんございまして、そのなかのひとつ大妻女子大学には、音楽学科はないようでございますが、それにしては珍しく立派なパイプ・オルガンが備わっている素晴らしいホールがあるそうで、6月8日にそのオルガンを使ったコンサートがあると町の掲示板にちらしが貼り出されておりましたので行ってきたのでした。
continue reading "超アナログ的プログラミング"
11:59 PM permalink | classical music | comments (4) | trackbacks (0)
クラシック音楽ばかり聴いているわけではないのです。
6日の土曜日にはブラジル音楽とサンバのクラブ・イベントへ行って参りました。湿度が高くなってきた季節に熱い音楽は心地よいです。
ブラジル音楽と云っても昨今は中南米から北米に至る大文化圏のミクスチャーが進んでいるようでして、すなわちヒップホップやレゲエ、そしてローカルなもののエッセンスが詰まっていまして、正直、米国のポップより面白いです。
そして、そんなものを日本人がやると詰まらなくなると云うのはかつてのこと。出演者の中でベテラン組はまさにその象徴。わたくしと同じ世代ですね。若すぎる現役学生バンドもエンターテイメントなのですが、もしも世に出ることができても一発屋に終わってしまう儚さ脆さがありますが、ブラジルでの演奏経験者をバンマスにもった20歳代後半組は上手にエッセンスのなかのエッセンス取りに成功しておりまして、これまたおそらく現地にはない面白さがあると思いますし、それをそのままリオなのか、サン・パウロなのか、に持っていったら、ちょっと変わったものとしてかなり面白ろがられるのではないかと思うのです。
それにしてもどの演奏にもステップを踏み、自分のリズムにして受け入れてゆくダンサー組の女のこたちの元気のよさ。ニッポンのサンバ・ダンサーたちに幸あれ。
11:59 PM permalink | music | comments (0) | trackbacks (0)
ブラームス 交響曲第1番ハ短調。今年3月にハンス=マルティン・シュナイト氏の感動的な名演に触れたばかりですが、その1台4手用ピアノ編曲版が聴けることになるとは、なんと楽しみなことでしょう。
ドゥオールのお二人はたっぷり40分かけて、この重層的な楽曲の構成構造を浮き上がらせながらの熱演を繰り広げてくださいました。オーケストラで聴き慣れ親しんでまいりました、あのライン、このライン。あの響き、そしてあのトレモロが1台のピアノから、4本の手を通じて再現されてゆきます。なんと楽しいことでしょう。
アンコールにはCDに収録されましたラヴェル作曲、スペイン狂詩曲から「フェリア」を弾いてくださいました。ラヴェルの響きは絢爛です。ブラームスの直後に聴きますと、まったく響きの質が違うことを徹底的に認識させられます。
ブラームスの重厚さ、割と単純な音フォルムが幾重にも積み重なって壮大な伽藍を築いていますが、ラヴェルのようなワイドレンジな上から下まで透明性と鋭角性をもって輝くような響きは持っておりません。
よくドイツ系(殊に旧東独)のオーケストラの響きの特徴を指して「燻し銀」という言葉が使われますが、決してそのようなオーケストラがきらびやかな響きをもっていないとは思えません。これ単にベートーヴェンやブラームスといったドイツ・オーストリア圏の音楽を得意とし、名演名盤が多数揃っているオケですから、楽曲そのものが持っている響きが、オケの代名詞となっていってしまったのではないかと思うのです。
そう、ブラームスの楽曲こそ「燻し銀」と呼ぶに相応しい響きを持っているのだとドゥオールの演奏によって明確に認識させられたのでした。
11:59 PM permalink | classical music | comments (0) | trackbacks (0)
大倉山記念館内にはホールがございまして、毎週水曜日にクラシックのコンサートを自主運営されております。以前からあの瀟洒な建物にあるホールはどんな響きがするのだろうかと興味を覚えて久しく、今回初めて訪れることが敵ったのでした。
出演は気鋭のピアノ・デュオ「ドゥオール (Deu'or)」。2台ピアノと1台4手(所謂、連弾というスタイル)のどちらも取り組んでいるデュオですが、今回の大倉山では1台4手でブラームスの大学祝典序曲と、そしてなんと交響曲第1番ハ短調という意欲的なプログラム。
実はこのドゥオールとは5月の最終週に知り合ったばかり。某会合でお名刺を交換させていただき、(上記にリンクのあるお二人の)サイトを拝見しましたところ既にCDをリリースされておりましたので早速購入。切れのある演奏が気に入って生の音にも触れたくなり、今回の大倉山に足を運んだのでした。
大学祝典序曲の1台4手用の楽譜は、その存在を知りながらも絶版になって久しく、いろいろな情報を集めながら、英国の大学のサイトにアーカイブされているのを発見し、やっと手にすることができたのだとお二人が解説をしてくださいました。そしてオーケストラによる演奏機会を得ることがなかなか難しく、交通網も発達していない時代に、楽曲をより広め、楽しんでもらうためにブラームスはしばしばこのようにオーケストラのための楽曲を1台4手によるピアノのために編曲していたのだそうです。
ドゥオールのたいへん高度な次元でかみ合ったアンサンブルは無常の心地よさを与えてくれます。惜しむらくはホールの残響が意外とドライであったこと、そして高い舞台によって客席ではピアノ本体の底部からの鳴りが必要以上に聴こえてしまい中低域にヴェールがかかったような響きになっていたことでした。
ドゥオール (Deu'or) デビュー・アルバム
・レーベルのストアサイト NAT STORE
・山野楽器
・HMV
録音日:2008年8月11-12日
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール
品番:NAT08401
定価:2,800円(税込)
11:59 PM permalink | classical music | comments (0) | trackbacks (0)
フランク・ロイド・ライトの設計により建てられました豊島区西池袋に位置します自由学園明日館はたいへん有名な建築物でございます。そしてその南側、昭和2年に建った講堂はライトの弟子である遠藤新によって設計されたのだそうです。
わたくしはかつてその講堂にて友人のパントマイムと朗読と音楽による劇「プラテーロ」の音響を担当したことがございました。決して音楽専用のホールではございませんが、友人が弾く19世紀に製造されたギターがたいへん心地よく鳴っていたことが深く心に残っております。(拙サイト「プラテーロ」の写真はこちら)
自由学園の講堂が建てられた少し後の昭和7年。現横浜市港北区では古典主義建築の第一人者と呼ばれていたそうな長野宇平治によって「大倉精神文化研究所」の本館が建てられました。現在、横浜市に寄贈され様々な文化交流の場として活用されております「大倉山記念館」のことでございます。
6月3日の水曜日、日没の少し前、わたくしはその大倉山記念館へ、かつてのオーナー大倉邦彦がおそらくは精神文化研究の発表でも行ったのでありましょう、建物内のホールへと出かけたのでした。
11:33 PM permalink | architecture/exterior | music | comments (0) | trackbacks (0)
意外にも埋まった客席、とはいえ7割くらいでしょうか。それでもゲンダイオンガクの演奏会としては、なかなかな集客であったように思われます。ところで、この日のコンサートへ、はじめの3曲のいずれか、或いはいずれもを目当てに来た聴衆はどの程度いたのでしょうか。
ほとんどの聴衆は、次に演奏される協奏曲の独奏者が庄司紗矢香さんであったことで、彼女の演奏を目当てに来たのではないかと思うのです。
ジェルジ・リゲティ(1923-2006)作曲、
「ヴァイオリン協奏曲(1992版)」。
この「尾高賞」とN響委嘱作品を演奏するイベントであります「Music Tomorrow 2009」において、そのどちらの範疇でもない、外国の巨匠による楽曲が用意されているのです。これまさに庄司さんの人気で観客動員を増そうという狙いだったのでしょうか? 会場にはヴァイオリンのはいったケースを大事そうに抱える学生さんでしょうか、そして頬下にヴァイオリニストの証しをもった方も見られましたし、またいかにも若い女性演奏家を好きそうな怪しげなオジサンたちもちらほら。
庄司紗矢香さんといえば1999年に史上最年少でパガニーニ国際ヴァイオリン・コンクールで優勝し一気にスターダムへ上がったヴァイオリニストですが、もう10年経ったのですね。
わたくしは今回初めて彼女の演奏を聴かせていただきました。
胸に垂れた長い髪を背中へはらい、指揮のノット氏へ微笑みます。準備ができました、或いは、さあ、いきましょう。
最弱音からアルペジオをクレッシェンドさせて始まり息つく暇もない第1楽章。
2楽章は鄙びた旋律が印象的。リゲティ氏の故郷、ルーマニアはトランシルヴァニア地方の民謡から題材を採ったのでしょうか? 楽章前半はフレーズの語尾にだけ、そして後半はたっぷりとフレーズの全体にわたってヴィブラートをかけていた庄司さんのプレイ、美しい楽章でした。
金属片や針金が重層的に折り重なり、そしてそれがひとつの塊になったような印象の3楽章、耽溺的な4楽章を経て、最終楽章、最後のカデンツァの凄まじさ。
いやぁ、楽曲もよければ、演奏も素晴らしかったです。
この庄司さんをソリストに迎えた演奏は6月28日(日)21:00〜22:00のNHK教育「N響アワー」にて放送されるようです(今月6日に演奏予定のプロコフィエフの協奏曲も併せて放送されるとのこと)。えっ、庄司さんが演奏した曲だけなのですか?
と思いきや「Music Tomorrow 2009」としての放送は7月3日 10:00からBS2にて、またBS Hiでは7月26日 18:00からだそうです。あら、うちはBS受信できませぬ。
11:59 PM permalink | music | comments (0) | trackbacks (0)
ステージ上のダブカル+コンバスの9名は単純な弦5部としてではなく、9重奏として活用されていますので、この人数でも出てくる音楽に厚みがあります。
平成21年6月1日、東京オペラシティ「武満メモリアルホール」
「Music Tomorrow 2009」
ジョナサン・ノット指揮、NHK交響楽団演奏
第57回尾高賞受賞曲
藤倉大氏の「secret forest for ensemble」が始まりました。
弦楽器を演奏する弓は、指揮者の指先、バトンと糸でつながっているという想定。
そう、それはマリオネットをイメージしているのだそうです。指揮者に制御された演奏家たち。
そして楽曲名にあります「forest」は客席にあるようです。
ここでの「forest=森」は、鼻がむず痒くなったりしない、あくまでも藤倉氏の頭の中で想像される「森」だそうで、客席のところどころに配置されました木金管奏者たちはみな楽器をレインスティックという雨の擬音を発する打楽器に持ち替えて「森」の世界を現出させてゆきます。客席中央にはファゴット奏者が「人」として存在しているのですが、彼のフレーズはなんと呑気なのでしょう。まるで熱帯の森の中に、場違いな道化師が現れたようです。面白いなぁ。
そしてこのときステージ上の弦楽奏者たちは「弓」を捨て、マンドリンのようにチャカチャカチャカチャカと弾いてゆきます。制御からの解放でしょうか。道化のフレーズを聴いたマリオネットは魂を注がれて「人」になったのでしょうか?
面白すぎます。
2:04 AM permalink | music | comments (0) | trackbacks (0)
拙ブログ「おもちゃのピアノって、ひどく悲しい音で響きませんか?」で記しました、おもちゃのピアノ(トイ・ピアノ)をも一部使って協奏曲を書いたのは藤倉大という英国在住の作曲家でございました。
その彼の2008年作品「secret forest for ensemble」が今年の「尾高賞」を受賞し、そのお披露目の場であります「Music Tomorrow 2009」でジョナサン・ノット指揮、NHK交響楽団によりまして演奏されるとのこと、久しぶりに初台の東京オペラシティ「武満メモリアルホール」へ行ってまいりました。
「Music Tomorrow」は尾高賞受賞曲と、N響による委嘱作品を中心に演奏披露されるイベントで、今回、藤倉氏とともに受賞されました原田敬子氏の「echo montage for orchestra」、そしてN響委嘱作品で世界初演となる斉木由美氏の「Morphogenesis」の2曲がこの日の前半を飾り演奏されました。
ともに巨大な編成のオーケストラを使っての作品。原田氏の曲は3部構成でバス・フルートのベース音が印象的であった第2部目が秀逸だと感じました。
斉木氏の曲は虫の発する音をモチーフに、タイトルであります「Morphogenesis」=「形態形成」すなわち生物がつくられる過程を、音が発せられ、それが音楽としてかたち為してゆく過程を想定しながら作曲されたようですが、そのような事前情報(開演前にプレトークがあったのです)によって、音楽が進んでゆき楽想ががらりと変化した際にわたしの脳裏に過りましたのは「ミューテイション」または「コピー・ミス」という言葉。楽曲の後半はカンサーからデスなのでしょうか?
休憩を挟みステージの上はだいぶ簡素な編成となりました。ステージ上には22221、すなわちダブカル(ダブル・クワルテット)+コントラバスの9名の弦楽奏者、客席のところどころに8名の木・金管奏者が配置される空間配置にも凝った(前述の原田氏の作品もヴァイオリン奏者が2名づつ2階バルコニー席の左右で弾く配置が施されていました)楽曲、藤倉大氏の「secret forest for ensemble」が始まりました。
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