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August 15, 2008

  いま、ひびく歌たち

ベルリオーズ(エクトル・ベルリオーズ 1803~1869)という作曲家は、わたくしにとって、彼の作品14「幻想交響曲-ある芸術家の生活のエピソード」を十代最後の年に初めて聴いて以来、特別な作曲家となりました。19世紀に花開いたロマン派音楽、その最前衛の作曲家であった彼の管弦楽法は、後のマーラーやR・シュトラウスに与えた影響も大きく、彩り豊かな彼の管弦楽に魅了させられた人は数知れないでしょう。
今夜は彼の作品の中でもひときわ巨大な、作品5「死者のための大ミサ曲-レクイエム」を聴いております。
レクイエムと云えば、モーツァルトや、イタリアの大オペラ作曲家、ジュゼッペ・ベルディを思い起こす方が多いと思いますが、ベルリオーズによるレクイエムも記念碑的大作でありまして、8名10組のティンパニーが加わる大管弦楽、テノール独唱と混声合唱、そして4組の小編成金管楽器隊を会場の4隅に配置させることが指示されております。

わたくしはレヴァイン指揮、ベルリンフィルのものと、もう一組、コリン・デイヴィス指揮、ドレスデン国立歌劇場管弦楽団演奏のCDを所有しておりますが、今夜は後者を選択。
ベルリオーズという作曲家を現代におきまして再認知させた功労者でありますデイヴィスは1969年にもロンドン交響楽団とこの曲を録音しておりますが、ドレスデンとの盤は、1994年2月14日、すなわち第二次世界大戦中、連合国軍の空襲により十万人前後の犠牲者を出したドレスデン爆撃、その五十周年を翌年に控えた日に、英国を代表する指揮者が、ドイツを代表するオーケストラを振った歴史的な演奏会を収録したものです。

わたくしにとって戦争とは、父母、そして祖父母が経験した空襲の話しがもっとも重い意味を持って根付いております。
空襲がひどくなり、門前仲町2丁目の母は静岡の沼津に疎開させられましたが、そちらにも爆弾が落ちてくる日が多くなり、次には栃木に移ったそうです。モンナカに残っていた祖母は如何にして戦禍のなか逃げてきたのか、彼女から繰り返し話しを聞かされたのは、もう遠い昔のこと。戦後、深川に戻ってみれば、一面焼け野原。結局戦後は亀久橋近く、平野へ住を移したのだそうです。

単に巨大で爆発的なエネルギーに支えられた管弦楽だけでなく、繊細な対位法ラインを形作るベルリオーズのレクイエムの合唱に耳を集中していますと、今夜のわたくしの脳裏には、いまや東京のどことも変わらぬ、門前仲町から平野までの景色が思い起こされます。
折しもあれ、深川は富岡様の例祭の時期。今年は三年に一度の本祭り。17日には神輿連合渡行と云い五十五基の大神輿が連なって氏子各町を練り歩く圧巻の行事が待っております。もちろんLacrymosaの美しいメロディより、わっしょいという怒号と伝統的な木遣歌のほうが深川の町にはお似合いであることは云うまでもございません。

posted by mniijima : Aug 15, 2008

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