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May 27, 2008
  それを開くと、あらたな世界が広がって、、、(5)/ 『時差ボケ東京』(その2)

衆多の写真家たちによって、撮られ、そして作品として発表され続けてきた都市、東京。
ある者は都市景観に着目し、ある者は主婦の生活に密着し、またある者は渋谷のアンダーグラウンドに耽溺しつつ更けた夜の若人を追い、さらには路地の奥へ、人工地下水路へ、名だたる写真家たちが、彼ら固有の素晴らしい世界観で東京を表現してきています。
それだけの写真を記憶の中にかかえながら、それでもなお、東京を撮ることは可能なのでしょうか。未だ見ぬ東京の姿は表現し得るものなのでしょうか。

そのひとつの答えを、前回ご紹介いたしました、Kai-Wai散策のmasaさんこと、村田賢比古さんの写真集『時差ボケ東京』が示しております。

ほんとうは、その表現につきまして、殊更具体的に記してゆきたいところです。それでは、これから写真集を手にされたいと考えていらっしゃる方々は詰まらないでしょうから、おおいに謎を残しておくことにいたしましょう。
写真は、時間と空間を切り取る行為だと、よく云われております。ところで、移動という行為は、時間と空間に作用することであるのは誰もが解ることですが、さらにそれには絶対的な移動と相対的な移動が存在します。
そこで『時差ボケ東京』では、それらふたつの種類の移動行為を組み合わせ、観察者の状態によっては移動という行為が相殺される可能性とデフォルメされる可能性を同時に示しております。そして相殺された移動を、絶えず在るものとして主題化し、デフォルメされた移動を背景として造形の根幹を担わせているのです。
このように表現された東京を、わたくしだけでなく、かつて見た人はいないでしょう。
あるときはビルの谷間を、あるときは商店街に向かう横断歩道を、あるときは落葉で埋まったキャンパスを、移動しながらも、わたしたちは、ふと、あなたの存在に気付くことがあるのです。
そして、ときに、あなたも、わたくしのことを。

11:59 PM permalink | 写真集 | comments (4) | trackbacks (0)

May 25, 2008
  それを開くと、あらたな世界が広がって、、、(4)/ 『時差ボケ東京』

あなたは、この奇異な撮影を行なっている写真家を、東京の街角のどこかで、見かけているかもしれません。
その写真家の知力、体力、技術力、まさに全身全霊を懸けて挑まれた作品集『時差ボケ東京』が発売となりました。その写真を撮った方は「Kai-Wai散策」のmasaさんこと、村田賢比古(むらたまさひこ)さんなのでございます。

制作中から楽しみにしておりました。まだかまだかと勝手に思いを募らせてまいりました。先日5月22日、いやわたくしがその行動をおこしたとき既に時計は24時をまわっていたでしょうから23日のこと、その深夜、いつものようにブックマークから「Kai-Wai散策」にアクセスしましたら、待望の写真集完成、そして発売のお知らせがアップロードされておりました。これです、

Kai-Wai散策 / 『時差ボケ東京』


jisaboke080525.jpgそして、時間をおいて、masaさんがたいへん想いをよせていらっしゃる墨田区の京島という素敵な町にございます、これまた素敵なご夫婦によって営まれ、京島といえば的な「LOVE GARDEN」さんにて、この写真集を購入できるとも追記されました。
かつて、そのmasaさんが愛する、京島という町を是非歩いてみたいと思い、わたくしも一度だけ訪れたことがございますが、あらためて地図を眺め、LOVE GARDENさんの位置を確認し、24日の土曜、いそいそとでかけてゆきました。
LOVE GARDENさんに到着しましたときには、なんとmasaさんご本人もいらっしゃいまして、お祝いの言葉をお伝えできましたこと、たいへん光栄なことでありました。


手にした写真集。そこには、東京が、この都市を歩き尽くされた方によって、かつて見たことがない、まったく新鮮な姿で表されておりました。


※時差ボケ東京 / 村田賢比古 / M&Y Grafix刊 / 価格 3,600円+消費税
  ISBN4-9904156-0-0

※上記、LOVE GARDENさんに加えまして、現在のところ、神保町の「ブック・ダイバー」さんでも購入できるとのことです。

11:59 PM permalink | 写真集 | comments (6) | trackbacks (1)

  それを開くと、あらたな世界が広がって、、、(3)

根岸に訪れてみたいと思ったのでした。もう1年以上前のことになります。
東京都台東区の北部に、根岸という町があり、そこの一部は戦災から免れたのだと聞いたからでございました。
そういった街ならば、幾人もの方々がカメラを持って訪れているでしょうと、まずはネットで検索をしてみましたら、いやいや沢山のページに出会いまして、根岸に関しまして、にわか耳年増ならぬ、目年増、いや、モニター画面年増状態(?)。もう半ば行ったも同然のような心地でして、仮想世界の落とし穴でございましょうか、かなりお腹いっぱいに満足な状態になったものでした。

ところが、そのようなわたくしの襟をただし、背筋をぴんと伸ばさせるようなブログが目に飛び込んでまいりました。

圧倒的にクオリティの高い写真。その1枚1枚に目を凝らしました。これはもしや専門の方による写真ではないかと、根岸に限らず、浅草や上野、根津に谷中、本郷と、その方のページをめくりにめくったのでした。
写真が素晴らしいと、文章にも俄然興味が湧きます。いろいろと読み進めますと、この方、単に街を歩いて写真を撮ってさようなら、ではなく、そこの街の方々と交わり、話しをし、アップされた写真のバックグラウンドをきちんと、取材という薄っぺらい行為以上に、コミュニケートすることで紹介されているところが、心のある写真になっている所以だと知ったのでした。
以来、大のファンになってしまったのですが、これが、昨今、たいへんお世話になっている「Kai-Wai散策さん」と、わたくしの、まずは一方通行の出会いだったのでございます。

11:28 PM permalink | essay | 写真集 | comments (0) | trackbacks (0)

  それを開くと、あらたな世界が広がって、、、(2)

前回、「誰も示していない世界を創造する」ことは、表現行為の前提であると記しました。音楽に限らず、写真においても、今まで誰も見たことがない世界を、世界観を、写すこと。わたくしは写真を撮り始めた当初から、このことを目指しておりました。

ところが、具体的な映像イメージを伴わず、ただ「誰も見たことがない」という言葉だけがぐるぐると頭の中を廻るだけの期間がすいぶんと長くございました。
世界のありとあらゆるものは既に写真に撮られているのです。それでも「誰も見たことがない」事象を写すことは可能なのだろうかと、何度も絶望的な気持ちになりました。
ところが昨今、わたくしなりの表現が可能かもしれないという感触があるのです。
ここに至るには、写真の世界とはかけ離れた、文学や、音楽、または人々の話し、そういったものの中から少しづつヒントが見えてくるようになりまして、あるアプローチによって、とある事実と、とある現象をつなぎ合わせ、わたくしの心象を表すことが可能なように思えるのであります。
わたくしの作品づくりはここにきて、ようやっと具体性をおびることになりました。完成には、またしばらくの時間が掛かることでしょうが、日々の喘ぎにも具体性が伴う分、解決への道筋も見えていることになり、虚空を掴むような状態でないことが随分と楽に感じられます。

これは、あくまでもわたくしの場合ですが、表現を為す人は、多かれ少なかれ斯様な自己との戦いを経て、作品を、誰も示していない世界を創造する行為から、生み出していっているのではないでしょうか。

6:52 AM permalink | essay | 写真集 | comments (0) | trackbacks (0)

May 24, 2008
  それを開くと、あらたな世界が広がって、、、(1)

中学校の音楽の授業で、音楽の三要素としてメロディ、リズム、ハーモニーが在ると教えられました。これは音楽を支えるシステムとして、現在、各地域の伝統音楽を除き、全世界的に広まっている西洋音楽の手法の根幹にあたるわけですが、そのうちのハーモニーに着目して西洋音楽史をみてゆくと、たいへん面白いのです。ここではその興味深い歴史を振り返る余裕がございませんが、現代音楽と呼ばれるジャンルが、なぜ聴衆の不人気にもかかわらず、あのような難しい音楽を書き続けるのかという、謎(やはり一般的には謎でありましょう)が、あたかも霧が晴れたように、すうっと解明されたのであります。
そういった、不人気であっても推進する創造行為が必ずしも正しい姿であるとは決して申しません。むしろ、もっとなんとかならないものかと、わたし自身、作曲行為など真似できない立場でありながらも、苦言を呈するのでありますが、基本的なところでは、うんうん、そうなんだよねと納得しているのです。それは表現たるものは「誰も示していない世界を創造しなければならない」という前提に対してであります。

この「誰も示していない世界を創造しなければならない」ことは、一般的になかなか理解されないようでございますが、音楽の世界にかかわらず、芸術行為全般にわたっての前提であることは表現者共通の認識であると思います。もちろん写真の世界もしかりであります。
好きだからローリング・ストーンズのコピー・バンドやっているんだ、という趣味の世界とは、どちらが良いとか、悪いではなく、一線を画す行為になるわけです。

11:59 PM permalink | essay | 写真集 | comments (0) | trackbacks (0)

May 23, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(22)

およそ15分くらいだったでしょうか。自覚しないまま、どうやら水位が相当さがったことを、脇の壁、閘室の内壁とでも云えばよいのでしょうか、それを見ることでようやっと確認できるほど、穏やかな水位変化でございました。
そして、目の前の門(後扉)が、上方へ開いてゆきました。ゆっくりと、スムーズに。


(click on the image for enlarged)

"水路をゆく/小名木川/扇橋閘門(3)"

Oct '07, @Onagi-gawa, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Fuji Varigrade WP AM, dev in Fuji Korectol E (1:1)


門からは、ザーと水滴が零れ落ちているなか、わたしたちの船は、そこをくぐってゆきました。ある参加者は折畳み傘を差し、またある者はカッパを着て、わたくしはパーカーのフードを被り、カメラを懐に仕舞いこみ、水門通過を楽しんだのでした。

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12:31 PM permalink | waterscapes | 深川周辺 | comments (6) | trackbacks (0)

May 21, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(21)

船は閘室内にゆっくりと進みました。


(click on the image for enlarged)

"水路をゆく/小名木川/扇橋閘門(2)"

Oct '07, @Onagi-gawa, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Fuji Varigrade WP AM, dev in Fuji Korectol E (1:1)


このとき、わたしたち一行の船は小型の釣り船でしたが、全5艘、および傍にいたレジャー用のボート1艘、全てがいちどきに閘室内へ進入できました。
その後、くぐった前扉がゆっくりと閉まり、そして本エントリー写真前方に見えます後扉の下部にございます(船上、水面上からは認識できない)排水装置より、閘室内の水が閘門東側(進行方向)に排水され、ゆっくりゆっくりと水位が下がってまいりました。
水位の低下は、船上では知覚できない程度のゆっくりしたもので、およそ10分から15分くらいだったでしょうか。そして閘室内の壁面を見ますと、なるほど水位が下がってきたことが、それで初めて認識できるのでした。

3:07 PM permalink | waterscapes | 深川周辺 | comments (2) | trackbacks (0)

May 17, 2008
  妻の懐妊を望むあまりに大公はそれを贈った

ティツィアーノ・ヴェチェッリオを見にゆきました。後にウルビーノ公となるグイドバルド・デラ・ロヴェーレが妻のために依頼したプライベートな作品が、およそ500年の後、ユーラシア大陸の東の果てのその先の島国で、巨大なポスターとなってあちらこちらに貼り出される破廉恥に、大公も画家も草葉の陰で仰天しているだろうという思いは、まったくMADCONNECTIONのiGaさんに同感なのです。
そのティツィアーノによる「ウルビーノのヴィーナス (Venere d'Urbino 1538年)」、こういったものは実際の目に焼き付けなければ、駅構内で乳房をさらした巨大ポスターをもってしてもその魅力はまったく伝わってこないと、展示終了間近(5月18日まで)にようやっと上野の山に登ったのでした。

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11:59 PM permalink | General art | comments (2) | trackbacks (0)

May 16, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(20)

前エントリーにて、東京・江東区、小名木川に在ります扇橋閘門の姿をご紹介いたしました。
そこで閘門につきまして、ご説明しなければと思っていたところです。

閘門とは、wikipediaの「運河」のページ、「水位差の調整」項に、端的に記されておりますので引用させていただきます。

標高に差のある地形に運河を建設する場合、水位の高低差を調整する仕組みが必要になる。この仕組みとして、閘門、インクライン、ボートリフトなどがある。

閘門
閘門(こうもん)とは、閘室と呼ばれる前後を扉で仕切った水面に、片方の扉を開けた状態で船を入れて扉を閉じた後、他方の扉側の水路の開閉によって水位を昇降させ、その後他方の扉を開けることにより船を昇降させる装置。
(wikipedia日本語版「運河: 1 水位差の調整 ~ 1.1 閘門」より引用)

ということでございますが、イメージできましたでしょうか。一般的には、パナマ運河のそれがもっとも有名でしょう。

さて、此処、扇橋閘門は、東側の旧中川方向の地盤が低く、西側の隅田川方向との水位差が存在することで、この閘門装置が設けられております。
ところで、江東区の水路は、それらに接している大河、隅田川の影響を受けます。隅田川のこのあたりはほとんど河口でありまして、潮の干満により、水位が(そして水流も)かなり変化いたします。
扇橋閘門西側も、この隅田川の影響を受けることより(感潮河川と呼ばれるのだそうです)、単に標高差の問題だけでなく、変動する水位差というオプションも加味されての調整ということになっていることも挙げておかなければなりません。

この扇橋水門の構造を簡単に示したgifアニメーションが扇橋閘門を管理しております「東京都江東治水事務所」のページにございました。

扇橋閘門の仕組

神田川船の会のスタッフに伺いましたところ、扇橋閘門を挟んでの水位差は(先に記しましたように隅田川側の干満に左右されます)概ね1~2メートルくらいとのことでした。

この小名木川、扇橋閘門を越えて東にゆきますと、荒川放水路から分流した旧中川にぶつかります。それをくだり、再び荒川と合流する地点には2005年10月に完成の「荒川ロックゲート」という閘門施設がございます。
旧中川と荒川放水路に挟まれた土地には大島小松川公園があり、そこにはかつて稼動しておりました旧小松川閘門の遺構がございますが、そのすぐ南に位置しております。
さらに、東京では江戸川放水路と旧江戸川の分岐する(江戸川区東篠崎町)ところに、「江戸川水閘門」がございます。


さて、世界中にございます閘門ですが、英国オックスフォードのたいへん素敵な光景をKai-Wai散策のmasaさんが撮影なさっておりますので、是非そちらもご覧くださいませ。
・Kai-Wai散策「オックスフォード便り(11)

11:59 PM permalink | waterscapes | 深川周辺 | comments (4) | trackbacks (0)

May 14, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(19)

日本橋川を抜けたわたしたちの船は、ひろいひろい隅田川に入り、猛スピードで上ってゆきました。そのスピードたるや、いままで見学の目的と、狭い水路に余計な波をたてない配慮、また低い橋をくぐってゆかなければいけませんので、ゆっくりゆっくりと航行していたものですから、実際のスピード以上に、周囲の景色が流れ、(乗船しているわたくしが云うのはなんなのですが)それはそれは目にも止まらぬ速さであったのでした。
そして首都高速が走る隅田川大橋をくぐり、清洲橋をくぐり、やってまいりましたのは、小名木川(おなぎがわ)。
神田川、日本橋川は、隅田川右岸にそそぐ川、水路ですが、小名木川は左岸方向へと入ってゆくのです。江東区を東西に横断し、隅田川と旧中川を結ぶ水路なのでございます。どうやら家康の命により、江戸川水系から塩を、利根川水系から農作物などを江戸まで運搬するために開削されました重要な水路であったようです。
この小名木川の入口には、万年橋が架かっております。隅田川での速度が幻であったかのように減速して小名木川を進みます。
万年橋をくぐりますと、例えば隅田川の水位が高潮などで異常に上がった場合など、地盤の低い小名木川流域を水害から守るための水門、新小名木川水門が聳えております。そして高橋(たかばし、と読みます)、西深川橋、東深川橋、大富橋、新高橋と多くの橋をくぐってゆきますと、大横川との交差に出合います。人工水路をゆく醍醐味のひとつでございましょう、川の交差点であります。
そして新扇橋をくぐりますと、すぐ目の前に見えてきました。

扇橋閘門でございます。

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May 12, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(18)

日本橋をくぐった後は、江戸橋、鎧橋、茅場橋と進んでゆきます。その先の右岸、亀島川への分流地点には、この日本橋川から、亀島川側の様子がほとんど窺えないほどの巨大な水門(日本橋水門)が聳えております。そしてその水門のあたりで、この川の上空部にはばったく乗っかっておりました首都高速道路は左岸のほうへ逸れてゆき(高速道は)箱崎に向かいます。船に乗るわたくしたちがホッとした瞬間でございました。

そして霊岸島(現中央区新川)と箱崎を渡す湊橋をくぐりますと、その先に、日本橋川の終点、すなわち隅田川が見えてまいります。

今回の写真は、その河口、日本橋川最下流に架かる橋、豊海橋でございます。
はぁ、気持ちいい。


(click on the image for enlarged)

"水路をゆく/日本橋川/豊海橋"

Oct '07, @Nihon-bashi-gawa, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Fuji Varigrade WP AM, dev in Fuji Korectol E (1:1)

6:59 PM permalink | waterscapes | 日本橋周辺 | 神田川/日本橋川 | comments (4) | trackbacks (0)

May 9, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(17)

それでも日本橋の欄干彫刻は僅少の間から天に向かって屹然としていたのでした。


(click on the image for enlarged)

"水路をゆく/日本橋川/日本橋(2)"

Oct '07, @Nihon-bashi-gawa, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 28mm f2.8 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Fuji Varigrade WP AM, dev in Fuji Korectol E (1:1)

1:07 AM permalink | waterscapes | 日本橋周辺 | 神田川/日本橋川 | comments (6) | trackbacks (0)

May 7, 2008
  川からは空が見えるのが望ましい(16)

それは分厚い鉄板とコンクリートによって上空部を覆われておりました。そして、その上空部を支える3本の柱が開けた視界を阻んでおりました。

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May 6, 2008
  快速の気持ちよさ

黄金週間を終えようとしています。後半、関東地方はどんよりとした雲に覆われた日が続きましたが、最後の本日は素敵な青空を目にすることができました。昨今、この黄金週間に合わせ、東京有楽町ではラ・フォル・ジュルネという音楽祭が開かれております。(音楽祭につきましてはラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2008公式ウェブサイトをご参照ください。) 1公演、約45分程度のものが求めやすい価格で販売され、朝から晩まで、いろいろな公演を梯子できるのがこの音楽祭の魅力なのではないでしょうか。
今年の音楽祭のテーマはシューベルト。早くから公演プログラムをチェックしていたのですが、どうも決め手に欠け、いや公演内容のせいではなく、わたくし自身がもたもたとしていただけなのですが、結局チケットを買い求めませんでした。

シューベルトと云いますと、まず歌曲王の異名があるほど、歌曲作曲における功績が大きいのですが、その他、ピアノ曲、室内楽曲、交響曲、オペラに教会音楽と、わずか31年の生涯でありながら、あらゆるジャンルに渡り多作しております。
わたくしは、彼の楽曲を多く聴いてきたわけではございませんが、わたくしにとってのシューベルトと云えば長らくは、交響曲9番(最近はスケッチしか残されていないホ長調曲・作品D729から交響曲としての通し番号「7番」を外すことが主流になっており、よってロ短調未完成交響曲を従来の8番から7番へ繰り上げ、この9番も8番へと変更されております。ただし長年親しまれた番号を変更するのはいかがなものかという意見も多くあるようです。)ハ長調「ザ・グレート」作品D944のことでございまして、いろいろな演奏を楽しんでまいりました。
ところが最近、ひょんなことで彼の第2交響曲(変ロ長調、作品D125)を聴きまして、その爽やかな5月の風のような楽曲に心奪われたのでした。

(下に、CDへのリンクを追記いたしました。'08.5.7.)

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May 2, 2008
  うつくしい本たち

柳橋を撮影対象としましてから、興味を覚え、そして読みました幸田文さんの「流れる」。その文体にすっかり惚れ、その後いくつかの彼女の小説、随筆を読みました。幸田さんの本は、装丁が美しく、所有するのは文庫ではなく、是非単行本だと、そして「きもの」という作品は殊更にその思いが強く、美本を求めて、まだ手にしていなかったのであります。

先日neonさんの、nidoとのコラボ作品展に伺いましたとき、折しもあれ、谷根千界隈では、一箱古本市が開催されておりまして、わたくしの読書にかかせない情報をくださる、じんた堂さんも出品されておりました。
じんた堂さんの一箱のお店には、なんと新刊書であります「川の地図辞典」も置かれていました。傍らにはちらしも用意されている周到ぶりに驚き、そして喜ばしい気持ちへと導かれたのでした。


さて、じんた堂さんの一箱には、お父さんの趣味本として、戦前戦後のカメラの本、2眼レフを紹介する本であったり、写真(撮影技)術の本がございました。中味を拝見しますと、そんな時代の本とは思えないようなきれいな図、写真が挿されており、驚嘆したのですが、それらお父さんの趣味本は購入せず、お母さんの趣味本として出品されておりました幸田文さんの「きもの」がとてもきれいでしたので、これはセットで読んでくださいと仰るじんた堂さんの推薦の言葉に釣られまして、露伴の孫、文の子である、青木玉さんと、京都の染屋、吉岡幸雄氏との対談本「きもの暮らし(PHP研究所刊)」を併せて購入してまいりました。ちょうど玉子さんの「小石川の家」を読み終えたところでしたので、気分も盛り上がり、読書を進められそうでございます。


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それにしても、文、玉、両氏の本はほんとうにきれいです。次には玉子さんが、母・文が遺した着物を手にし、再び活きた美しい着物となってゆくことを記したそうな「幸田文の箪笥の引き出し」を是非手にしたいと考えているのです。
ところで、じんた堂さんには御土産というにはもったいないほどの品をいただいてしまい、お世話になってしまったのでした。ありがとうございました。


12:18 AM permalink | 文学 | comments (4) | trackbacks (0)

May 1, 2008
  遅々として、すすめすすめ(3)

そういえば、「遅々として、すすめすすめ」というシリーズのエントリーが途中でございました。
所用を終え、中板橋駅に戻ってきましたわたくしは、昼どきの空腹を堪えきれず、ここで食事を摂ることにいたしました。踏み切りを渡りました駅北側は賑わった商店街になっておりましたので、きっとなにかあるであろうとウロウロしておりますと古着屋を発見。おもわず500円でGジャンを衝動買いしてしまいました。決して高円寺や下北沢にあるような古着屋を想像してはいけません。ここは中板橋、「なかいた」商店街なのですから。そして店の奥には和服もたくさん掛かっていまして、時間があるとき、再訪してみたい店なのでございます。
さて、寄り道をしてしまいましたが、よさそうな食事処はすぐに見つかりました。店の前で、キムチやナムルを売っている韓国料理屋さんからよい匂いが香ってきたのですから。
店内には子連れのお母さん二組、そして恐らくはリタイア後の余生を楽しんでいらっしゃるような二人組みのオジサン。お母さんたちははしゃぐ子供を気にしてオジサンたちに謝っていらっしゃいますが、オジサンたち、ひとりは瓶ピール、もうひとりはチューハイと昼から景気よく、子供は元気が良いのが一番とにこやかです。そんなほのぼのとした店内の雰囲気に心地よさを覚え、わたくしは半熟の目玉焼きがのったキムチチャーハンをいただき、おいしいお昼のひとときを過ごしたのでした。
食後は爛漫に咲くさくらを見に、石神井川のほとりへ。深く掘られ、コンクリートに固められた護岸。都内のどことも変わらぬ川風景。すこし上流にはほぼ90度に川が折れ曲がるところが見え、神田川の大曲を思い出したのです。
ここから西に、環状7号も超えますと、常盤台という街に至ります。其処も散歩するには楽しそうな住宅地のようですので、機会あれば訪れてみたいと、あまり詳しくない板橋区の有様に興味が芽生え始めたのでした。

(了)

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  pp et nido展

4月の中旬に、

pp et nido

と題された展覧会の葉書が届きました。わたくしが大好きなneonさんこと、大倉ひとみさんの作品展の案内でございました。そして、かつて中藤毅彦さんの写真展ですてきなコラボレーションをされていた谷中のnidoで、今度は、考えただけでわくわくしてしまうneonさんとのコラボが拝見できるというのです。

ppとnidoと題されているようにneonさんの作品は「ピアニシモな建築たち」なのでありました。nidoの素敵な額に飾られ、neonさんが惚れ、そして温められた建築は小さな小さなサイズではございましたが、そこから立ち昇る小さな町の空気、外壁の匂い、そういったものが発散してくる濃密な作品群でございました。
またトイピアノの上に飾られましたジュエルケース的なボックス、その中に納まる、これまた可愛らしい絵の数々は圧巻で、手にとって遊んでくださいと気さくな声をかけてくださるneonさんのお言葉に甘えて、掌のなかでそれらあてはかな作品を転がしてみたのでした。


(※追記:nidoの雰囲気、そしてトイピアノの上で踊る作品たちの圧巻の様子はneonさんのブログ・エントリーから垣間見ることができます。「N的画譚:pp et nido~ピアニシモな建築たち~ 始まりました」)


作品展はゴールデンウィークいっぱいの5月6日まで開かれております。みなさまも足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

nido(11:00~20:00 水曜休み)


ppetnido0804.jpg

(手元に届きました素敵な案内状。宛名面には楽譜がテクスチュアとしてありましたので、倣って譜を敷いてみました。)

2:03 AM permalink | General art | comments (4) | trackbacks (0)