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February 11, 2008

  昇華サレルニ必要ナコト(1)

芝浦のP.G.I. (Photo Gallery International)へ行かれたことのある方はお解かりでしょう。そこでの展覧会、作品は2階のスペースを使って展示されております。併せて関連作品が1階のショップ・スペースにも展示されまして、それらは主展示を見るにあたっての心の準備と云いましょうか、緊張感を高める効果があるように思えます。

昨年(2007)3月に、開かれました清家冨夫氏の作品展「LIGHT ON DUST - Glynde Forge -」へ伺ったときも、例に漏れず、1階にはいくつかの作品が展示されておりました。
そのうちの1点に、わたくしは、たいへん惹かれましたことを今でも思い出すことができます。
海に伸びた桟橋が、視線の先では、無惨に倒壊し、その鉄骨組みが、海中に没している、海は荒れ、濃霧で少し先の視界も不鮮明となり、視界コントラストは甚だ低い。
これは英国に在る倒壊した桟橋を古いフォールディングカメラを使って撮影されたとのことでした。

その倒壊した桟橋の写真が、ポストカードとなって、わたくしのところへ配達されました。

清家冨夫氏の新作品展「WEST PIER」の案内でございました。

WEST PIERとは、英国、イングランドの南海岸のブライトンの街にあるリゾート遊興施設で、ビクトリア時代の1866年に完成した歴史的な建造物であったそうです。その時代Pleasure pierという、船着場としての桟橋ではなく、レストランや劇場をその上に設ける、そのような施設が多く建設されたのだそうです。
1975年に改築のため、定期ツアー以外の利用はできなくなったのですが、2002年12月の嵐で桟橋の一部が倒壊、翌2003年には3月のパビリオン棟からの出火に続き、5月、コンサートホール棟からも出火、放火の疑いもあるのだそうです。さらに2004年6月の強風により、桟橋中央部は完全に倒壊したとwikiにございました。
現在跡地には「i360」という高層の展望施設が建設される予定だそうです。

http://www.westpier.co.uk/
上記URLのトップページでは、華やかし頃の姿から、倒壊、出火の歴史が、連続する写真で見ることができます。また「i360」構想のページも設けられております。

またブライトンの海岸には、もうひとつ1899年にオープンしたPalace Pier(2000年にBrighton Pierと改名)が、東のほうにございまして、グーグルアースで見てみますと、健在のBrighton Pier、倒壊したWest Pierの姿を上空より臨むことができます。


さて、清家さんの写真展でございました。
展は、2006年9月に開廊し、清家さんがそのオープニング展示を飾りました、神田明神横のgallery bauhausさんで開催中でございます。

清家冨夫写真展「WEST PIER」
会期:2008年2月5日(火)~4月5日(土)
時間:11:00~19:00
休廊:日・月・祝
入場料:無料
会場:gallery bauhaus(東京都千代田区外神田2-19-14-101)


展の詳細は次回ご紹介いたします。

(続く)

posted by mniijima : Feb 11, 2008

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comments

なんて魅力的は施設なんでしょう!!!
これは凄い!
是非行ってこの目で見たかったです。

どうして 土の上ではなく 桟橋の上にこのような物を建てようと思ったのか、そんな事を聞いてみたいですね。
倒壊は 海の力と風に負けたのでしょうか?

落ち着いて考えてみると これは人間の文化の象徴的な事のようにも思えますね。
私たち人間が夢を持って作り出す物が 自然からはねられ、倒壊して行く様。
私には 無謀な夢を持つ人間の事が それでもなお否定出来ない部分が有ります。
始めっから 本能に従って生きる事を失った存在なんでしょうねえ。いつだって 迷ってばかり。


3月には 展示会でまた東京に行くのですが、むうう・・・時間がなさそうだなあ・・・・・。

 

by 光代 : February 12, 2008 7:44 PM

光代さん、

ブライトンには、まだもうひとつBrighton Pierが残っていますから、行ってみるのもよいかもしれません(^^;

倒壊は、老朽化したところに、大嵐の一撃が、といったところでしょう。しかし140年近く、桟橋自体が波風に晒されながら持ちこたえてきたことも脅威なのではないでしょうか。

しかし、どうしてこのようなものを建設したのか、とても興味深いですよね。
あくまで、わたくしの想像ですが、19世紀、産業革命を経て、人々は、なんでもできる、と思ったのかもしれません。そしてバビロニアの空中庭園ならぬ、海上空中都市を夢見たとか? 
遙かなるもの、神秘的なもの、夢と現実、そういったものが主題となるロマン主義の時代ですから、考えられなくもないと思います。

そして光代さんが仰るとおり、人間はいつも馬鹿げたことを仕出かして、そして最後には自然の驚異を目の当たりにする。わたしたちの夢は、いつもちっぽけで、到底自然には敵わない。ちょっと悲しいけれど、そんなちっぽけな自分たちを愛おしく感じるのも、また、人間なのですね。

by M.Niijima : February 12, 2008 11:45 PM

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