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October 16, 2007

  ここで出会えるとは思いませんでした

フォーラムの友人たちと、東京都写真美術館へ出掛け、そして8月に観た『「昭和」写真の1945-1989』シリーズの続編、『第3部、昭和30・40年代(2)「高度成長期」』を楽しんでまいりました。

変わりゆく都市、デモ、公害病を患う人たち、この時期の写真として、これらジャーナリスティックな視線は外せないところでしょう。
多くの写真家の作品が出品され、さすが写美、といった展示の中で、特に目を惹いたのは、まず植田正治氏の「くもり日・床屋のある町角」です。わたくし、不遜なことに、植田氏の写真、とくに有名な「砂丘」のシリーズなどは退屈と思っていたのですが、ここに展示された写真、そのプリントの美しさといいましたら、まったくわたくし好みなのでございます。この写真は「童暦」という作品集からのもののようで、シリーズ全体をオリジナル・プリントで拝見したいなと思ったのでした。

長野重一氏の作品は構図が素晴らしく、う~ん、と唸らせる写真が多々出品されておりました。

森山大道氏の有名な、あまりに有名な「東京IC」。高速道内のトンネルを走る車中から写したものといえば、ああ、あれね、とピンとくる方も多いかと思います。この作品、かつてもオリジナル・プリントを観ているはずなのですが、こんなに良かったとは! 印刷物では決して伝わってこない、微妙なブレなのか、それが突き抜けるスピードをこれ以上になく表していると思いました。さすがに上手い方ですね。

建設中の東京タワーを石元泰博氏が撮っていました。わたくしは石本氏の写真が好きなのですが、これは過剰に美しく、かえって東京タワーを建ててゆく猛烈なパワーというものを減じてしまっていると残念に感じました。

そして東松照明氏による「公害の源流 足尾鉱山より」が圧巻でございました。作り過ぎ、とも受け取れますが、その徹底した根源の暴露に対する姿勢が、やがてより表現性を重視する時代の写真づくりへの大きな原動となってゆくことを感じさせます。

展示は「写真表現の世界I 戦後派(アプレ・ゲール)」と進んでゆきます。
こうなってくると石元泰博氏も本領を発揮してくるように思えます。市松模様のような建物の外壁でしょうか、それを背景に、ボディラインの美しいアメリカ車がしっかり構図の中で決まっており、そして車と背景の間に、行き交う人々をブラして配置した巧みな写真に圧倒されました。

この時代、東松氏、奈良原一高氏などがVIVOという表現集団をつくってゆくのですが、そんな時代の先陣をきって発表された作品がございました。
まさに、こんなところで出会えるとは! です。先日横浜市中央図書館で借りたばかりの常盤とよ子氏による「危険な毒花(三笠書房 昭和32年刊)」。このシリーズからの全紙大プリント5点。古い本の紙面が、目の前で大きく蘇ったかのようです。なんと奇遇なことでしょう。このプリントを見ることができただけで大きな収穫でございます。
ところでこの「危険な毒花」は、かつての港崎遊郭が、あちらこちら移転し続け、最後に特飲街として在った真金町や、進駐軍兵と彼らを相手にする女性たちが風景をつくる日の出町、麻薬の巣窟となっていた「(氏によって書かれた文章によりますと)XX町のあいまい宿」などを撮影したものですが、写真としては、VIVOの方々に比べると、リアリスティックであり、作ったことよりも、写したことに価値がある種類の写真なのではないかと思います。

ところでVIVOが求めていった表現性の高まりは徹底していたと思います。
細江英公氏の「おとこと女」。身体というものを徹底して描くにあたり、レンズ・ワークやプリントによるデフォルメは、その後三島由紀夫を捉える「薔薇刑」につながってゆくのだと思いますし、東松氏の「11時02分 NAGASAKI」での、破壊され、ごろごろと転がっている浦上天主堂の天使像を写した作品から醸し出される、(写真の)美しさが、恐怖を倍加させている効果など、凄いものです。

その後の写真界は、米国などからの影響もあり、もっと軽妙なコンポラ写真などへ移ってゆくのですが、それにはVIVOなどが打ち出していった過度の表現を求める態度への反動もあったのではないでしょうか。
「写真表現の世界II ブレボケ・コンポラ・私写真」へと展示は続きます。ブレボケの森山氏や、写真展示はなかったものの資料としてガラス・ケースに納めてありましたプロヴォークでの中平卓馬氏。柳沢信氏の「都市の軌跡」や、洋子夫人との月日を写した荒木経惟氏の「センチメンタルな旅」。こういった昭和の写真が在って、そして昨今の写真もあるのだということが、よく見えてきます。

次期展示は10月20日から(12月9日まで)、『第4部、「オイルショックからバブルへ」昭和50年代以降』となるようです。平成へ、そして21世紀へとつながる写真表現を、こちらも機をみてうかがいたいと思うのでした。

posted by mniijima : Oct 16, 2007

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