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October 13, 2007
先週借りた本を返却に横浜市中央図書館へ。小腹が減りましたので野毛の立ち呑み屋にふらりと入りましてビール小瓶と、オバチャンがその場で揚げてくださるフライを2品。お腹を満たしてしまいますと帰宅後用意された夕食を摂れず、カミサンに叱られますので、ここはグっと堪え、ほんの少しだけ召し上がることにいたします。
オバチャンにソースは普通の?辛いの?と訊かれ、辛いやつでとお願いします。この辛さがクセになります。
すっかり秋めいた涼しさの中、高温の油がジュウと鳴き、白かったコロモが、狐色になり、ソースに浸かって赤みが増すさまを眺め、そしてときどき細かい雨が落ちてくるのを気にして外を見やると、どおんどおんと太鼓の響きが遠くから近づいてきます。
ナニゴト?
と、思えば、踊りながら太鼓を叩く男性ふたり、ひとりのサンシン弾きに謡い、手踊りをする女性はふたり。沖縄のエイサーです。何故、野毛でエイサー?
どうやら、この晩は野毛流し芸というイベントが行われているのだそうです。大道芸のイベントには来たことがございますが、流しもイベント化しているんですねぇ。
さて、間に合うでしょうか、鞄からカメラを取り出し、フィルムを急いで詰めます。幸運なことに、ここ野毛小路の「立ち呑み処 フライ屋」と、向かいの「ラーメン三陽」に挟まれたところで、エイサーのグループは留まって芸を披露してくださってます。「フライ屋」さんの明かりに頼って「三陽」を背景に数枚レリーズ。
こうしてはいられません、オバチャンお勘定、600円、なんとまぁ。
野毛の路地を巡ってみますと、三味線、ときにそれは津軽だったり、江戸前っぽい音色も聴こえます。着物にアコーディオンを抱えた可愛らしい女性が、路上から、居酒屋の窓の中に向かって唄をうたって、お客のオジサンは大喜びしています。
どぜう屋の店内からは哥さんの高い声、か細く鳴く細棹。むむむ、これは新内節ではないでしょうか。新内流しが似合う町、これは現東京を探してもなかなか見つからないかも知れませんが、ここ野毛ではとても良い感じです。
この非日常な感じが、路地を巡りながら昭和なのか、江戸なのか、そのどちらでもなく、未来のできごとなのか、時間感覚を狂わせます。それが惜しい。
できることなら、この姿が日常であってほしいと、ますます好きになってきた野毛の路地に期待をしてしまいます。
そして音楽的に雑多であることは、もうこの時代ですから、仕方がないことでしょう。それでもこういったなかから、野毛的なものが育まれると、とてもよいことだと思うのです。
あ、エイサーは、ほんのときどき、イベントなどでご登場いただくだけで充分でございます。音が大きすぎますからね。
どこへ行っても、スピーカーから流れる音楽、様々な機器から発せられる電子音、いまその音は聴きたくないと思う他人のケータイ着メロ。そうではなくて、生の楽器と、生の声のよさを、素人さんではなく、玄人の芸で、楽しみたいと願うのであります。
posted by mniijima : Oct 13, 2007
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comments
こんばんは。
kumi改めkumikoです。
koがついただけですが。(汗)
立ち呑み屋ってなんかいいですね。
私も行ってみたいです。
この季節にエイサーってなんか微妙ですね。(笑)
個人的には沖縄三味線の独特な音色は好きです。
あの音色を聞くと、また沖縄に行きたくなってしまいます。
by kumiko : October 15, 2007 7:07 PM
kumikoさん、こんばんは。コメントをお寄せいただき、ありがとうございます。
立ち呑み処って、一昨年あたりから、ちょっとしたブームですよね。新しくできたお店などには女性も気軽に入れるようですし。
エイサーは元来、盆にやってくる祖先の霊を送り返すための風習が芸能化したと云われています。
また念仏踊りの影響も指摘されているそうで、当時浄土宗の勢いが琉球国にまで及んでいたことを考えると、すごい広まり方だなと思います。
サンシンの音色はどことなく時間を忘れさせると云いますか、長閑で郷愁的でいいものですよね。
沖縄には行ったことがないのでkumikoさんが感じられる現地への想いが羨ましいです。
by M.Niijima : October 15, 2007 8:32 PM