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October 31, 2007
  川からは空が見えるのが望ましい(3)

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"水路をゆく/神田川/柳橋・浅草橋(2)"

Oct '07, @Kanda-gawa, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Fuji Varigrade WP AM, dev in Fuji Korectol E (1:1)

1:05 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)

October 30, 2007
  川からは空が見えるのが望ましい(2)

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"水路をゆく/神田川/柳橋(1)"

Oct '07, @Kanda-gawa, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Fuji Varigrade WP AM, dev in Fuji Korectol E (1:1)

※2007.10.31. 画像をセレニウム調色を施したものに差し替えました。

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11:47 AM permalink | comments (2) | trackbacks (0)

October 29, 2007
  川からは空が見えるのが望ましい(1)

もう10日も前になりますが、久々の雨に翌日の心配をした19日金曜。ところが土曜朝には一転、玻璃のような奥深さと透明感のある蒼い空に、前日の不安は雨雲とともに消え去りました。
秋の午前中にだけ見ることができる空の色。ところどころに薄い雲がよいアクセントとなって東からの陽の光をきらきらと反射しております。
両国の河岸には心地よい風が、大川の川面にあたって、ゆったりとした波面を描いております。わたくしたちを乗せる五艘の釣り船、ただし本日は釣りをするためではなく用意された、二艘は浜松町から、そして三艘は柳橋、浅草橋の船宿から、東京水辺ライン両国発着場の桟橋の周囲で待機しております。

浜松町からきた赤い船体が本日の1号船として招待された地元の小学生を乗せます。わたくしは、それに続く2号船で、浅草橋の三浦屋さんの船です。舳先に近い右舷側に座り込み、両国を出発、すぐ進路を右に曲げますと、そこは神田川の河口です。
目の前に朝陽を浴びる美しい柳橋のトラスが見えてまいりました。

(続く)

6:31 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)

October 27, 2007
  ブデンマイヤーとは何者なのか

エントリーにだいぶ間が空いてしまいました。最近少し忙しく写真を焼いていませんので、今日は肩の凝らない映画の話しでも。
クシシュトフ・キェシロフスキ監督による最後の完成作品となりました「トリコロール 3部作」。その第1作、ジュリエット・ビノシュ主演の「青の愛(国内1994年公開)」。事故死した夫が書きかけていた欧州統合のための協奏曲を妻ジュリー(ビノシュ)が受け継ぐのですが、それを手伝い、譜に起こす男とのやりとりのなかで「(ジュリー)そこは対位法で」、「(男)おっ、ブデンマイヤー風だな」というような台詞がありました。

ところで、キェシロフスキ監督はこの「トリコロール 3部作」の前に「ふたりのベロニカ」という作品を公開しておりました。「トリコロール」の最終作「赤の愛」で主演しているイレーヌ・ジャコブが好演しておりました。
この物語、顔も姿もそっくりなベロニカという女性が、ポーランドとフランスにおり、そのふたりのベロニカの数奇な運命を、歴史、時間、そういったものを包み込む感覚と、やるせない喪失感のなかで描いています。もちろんイレーヌ・ジャコブの一人二役で演じられます。
ポーランドのベロニカはソプラノ歌手で、リサイタルの舞台上で曲を歌いきって亡くなってしまうのですが、そのベロニカが歌っていたのは、もちろんこの映画のためにズビグニェフ・プレイスネルによって作られた楽曲なのですが、映画の中での設定は18世紀から19世紀にかけて活躍した「オランダ人、ブデンマイヤー」という作曲家(もちろん架空の人物です)による音楽とされているのです。
そのブデンマイヤーが「青の愛」でも過去の大作曲家として登場してきましたので、当時上映を見ながら、おー、使いまわすねぇ、とニタニタ笑ったことを思い出します。

さて、そのブデンマイヤー作(実際はプレイスネル氏の作品)のソプラノ・ソロを伴った悲壮な楽曲「Concerto en mi mineur (Concerto in e-minor)」ですが、わたくしが持っているフランス盤のサウンドトラックCDには2タイプ収録されております。
ひとつはVersion de 1798、すなわち1798年の版として、もうひとつはVersion de 1802。前者のオーボエによる主題提示に替えて、後者には合唱とソロによる序奏が付加されています。

ところで実際の18世紀から19世紀をまたぐ時代というのは、ベートーヴェンが初期作品を書き、そして第3交響曲の作曲(1804)から傑作の森と呼ばれる中期作品群を書き始めるころにあたっています。またはウェーバーや、ケルビーニの時代。
まさにクラシック音楽の絶頂期であったわけですが、架空のブデンマイヤーの楽曲には、音楽的時代考証の要素はあまり頓着されておらず、オーケストラ編曲などは、その時代の大家と並べるには申し訳ないほど稚拙であります。

と云いつつ、このブデンマイヤーの(プレイスネル氏の)Concerto en mi mineur、協奏曲ホ短調の旋律が持つ悲壮感にはたまらない魅力があるのです。そしてその主題のモチーフは映画サントラを統一するモチーフでもあるのですが、ソプラノで歌われますと、胸を掻き毟られるようでございます。

因みにこの歌は、ポーランドのソプラノ歌手、エルジビエタ・トワルニッカさんによって収録されております(当然映画ではイレーヌ・ジャコブがアテブリしています)。トワルニッカさんはその後、押井守監督の実写+CG映画「アヴァロン」でも、テーマとなる「Voyage to AVALON」で素晴らしい声を披露するだけでなく、「Voyage~」を歌うコンサート・シーンが映画の中でも扱われておりました。なお、こちらは川井憲次氏の作編曲だけありまして、さすがオケの扱いも素晴らしいのであります。

さて、「ブデンマイヤー」の例だけでなく、キェシロフスキ作品には事物モチーフの流用が頻繁に見ることができます。例えば町をのろのろと歩く老人の姿などです。物語の進行にはなんら影響のないシーンやカットにおいても、人間の、人生の、個別性と関連性を想起させる象徴的要素を随所に散りばめた巧みな世界。
このなんともまとまりの悪い文章を書きながら、「ふたりのベロニカ」のCDを聴いておりましたら、キェシロフスキ監督作品を再び観たくなってまいりましたので、今週末は台風で荒れ模様のようですから、DVDでも借りてこようかと思っているところでございます。


「ふたりのベロニカ」も、「トリコロール3部作」も全て渋谷のル・シネマで観たと記憶しておりますが、「ふたりの~」が92年公開でしたから、もう既に15年も経っているのですね。早いものです。

5:09 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)

October 17, 2007
  陋巷の夢、建物の匂い

少し前から、とても気になっていたのです。その単純化、抽象化、そしてバランス感覚、線、色。
他の方のブログで知り、そして訪れてみましたneonさんのサイトにて、線画や彩色画などの作品を拝見してのことです。

いつか原画を拝見したいと思っていましたら、銀座のギャラリー(ツープラスさん)にて企画展が開かれているとのことで、それはよい機会とばかり、伺ってまいりました。

原画はやはり素晴らしかったです。

ウェブで拝見していましたように、その絵の前から、絵の中に入ってゆく自分を再発見しただけでなく、其処の匂いまで感じる自分自身に驚きを感じました。このような体験は初めてではないでしょうか。
それは古びた木が放つものであったり、錆びた鉄のそれであったり、染み込んだ油の濃厚さや、傍に立っているのであろう桜が放つ仄かさが香ってくるのです。想像力を喚起させるナニカがあるのでしょうね。

neonさんに、はじめましてのご挨拶ができましたことも、少しのお時間をいただいてお話しを伺えましたことも、そして展示作品だけでなくファイルに丁寧に収められた「陋巷画日記」と呼ばれる一篇一篇を拝見できましたことも併せて、とても素敵な時間となった画廊でのひとときでございました。


タテモノのカタチ(大倉ひとみ、オーライタロー、岡本雄司、小島満樹子)
ギャラリーツープラス
2007年10月15日(月)~20日(土)
12:00~19:00(土曜/展覧会最終日 17:00迄)


なお、当展示に出品されておりました、他3アーティストの作品(油や銅版画など)も、タテモノを見つめる視線に、みなさんの優しい気持ちを感じられる、素敵なものばかりでございました。

11:59 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)

October 16, 2007
  ここで出会えるとは思いませんでした

フォーラムの友人たちと、東京都写真美術館へ出掛け、そして8月に観た『「昭和」写真の1945-1989』シリーズの続編、『第3部、昭和30・40年代(2)「高度成長期」』を楽しんでまいりました。

変わりゆく都市、デモ、公害病を患う人たち、この時期の写真として、これらジャーナリスティックな視線は外せないところでしょう。
多くの写真家の作品が出品され、さすが写美、といった展示の中で、特に目を惹いたのは、まず植田正治氏の「くもり日・床屋のある町角」です。わたくし、不遜なことに、植田氏の写真、とくに有名な「砂丘」のシリーズなどは退屈と思っていたのですが、ここに展示された写真、そのプリントの美しさといいましたら、まったくわたくし好みなのでございます。この写真は「童暦」という作品集からのもののようで、シリーズ全体をオリジナル・プリントで拝見したいなと思ったのでした。

長野重一氏の作品は構図が素晴らしく、う~ん、と唸らせる写真が多々出品されておりました。

森山大道氏の有名な、あまりに有名な「東京IC」。高速道内のトンネルを走る車中から写したものといえば、ああ、あれね、とピンとくる方も多いかと思います。この作品、かつてもオリジナル・プリントを観ているはずなのですが、こんなに良かったとは! 印刷物では決して伝わってこない、微妙なブレなのか、それが突き抜けるスピードをこれ以上になく表していると思いました。さすがに上手い方ですね。

建設中の東京タワーを石元泰博氏が撮っていました。わたくしは石本氏の写真が好きなのですが、これは過剰に美しく、かえって東京タワーを建ててゆく猛烈なパワーというものを減じてしまっていると残念に感じました。

そして東松照明氏による「公害の源流 足尾鉱山より」が圧巻でございました。作り過ぎ、とも受け取れますが、その徹底した根源の暴露に対する姿勢が、やがてより表現性を重視する時代の写真づくりへの大きな原動となってゆくことを感じさせます。

展示は「写真表現の世界I 戦後派(アプレ・ゲール)」と進んでゆきます。
こうなってくると石元泰博氏も本領を発揮してくるように思えます。市松模様のような建物の外壁でしょうか、それを背景に、ボディラインの美しいアメリカ車がしっかり構図の中で決まっており、そして車と背景の間に、行き交う人々をブラして配置した巧みな写真に圧倒されました。

この時代、東松氏、奈良原一高氏などがVIVOという表現集団をつくってゆくのですが、そんな時代の先陣をきって発表された作品がございました。
まさに、こんなところで出会えるとは! です。先日横浜市中央図書館で借りたばかりの常盤とよ子氏による「危険な毒花(三笠書房 昭和32年刊)」。このシリーズからの全紙大プリント5点。古い本の紙面が、目の前で大きく蘇ったかのようです。なんと奇遇なことでしょう。このプリントを見ることができただけで大きな収穫でございます。
ところでこの「危険な毒花」は、かつての港崎遊郭が、あちらこちら移転し続け、最後に特飲街として在った真金町や、進駐軍兵と彼らを相手にする女性たちが風景をつくる日の出町、麻薬の巣窟となっていた「(氏によって書かれた文章によりますと)XX町のあいまい宿」などを撮影したものですが、写真としては、VIVOの方々に比べると、リアリスティックであり、作ったことよりも、写したことに価値がある種類の写真なのではないかと思います。

ところでVIVOが求めていった表現性の高まりは徹底していたと思います。
細江英公氏の「おとこと女」。身体というものを徹底して描くにあたり、レンズ・ワークやプリントによるデフォルメは、その後三島由紀夫を捉える「薔薇刑」につながってゆくのだと思いますし、東松氏の「11時02分 NAGASAKI」での、破壊され、ごろごろと転がっている浦上天主堂の天使像を写した作品から醸し出される、(写真の)美しさが、恐怖を倍加させている効果など、凄いものです。

その後の写真界は、米国などからの影響もあり、もっと軽妙なコンポラ写真などへ移ってゆくのですが、それにはVIVOなどが打ち出していった過度の表現を求める態度への反動もあったのではないでしょうか。
「写真表現の世界II ブレボケ・コンポラ・私写真」へと展示は続きます。ブレボケの森山氏や、写真展示はなかったものの資料としてガラス・ケースに納めてありましたプロヴォークでの中平卓馬氏。柳沢信氏の「都市の軌跡」や、洋子夫人との月日を写した荒木経惟氏の「センチメンタルな旅」。こういった昭和の写真が在って、そして昨今の写真もあるのだということが、よく見えてきます。

次期展示は10月20日から(12月9日まで)、『第4部、「オイルショックからバブルへ」昭和50年代以降』となるようです。平成へ、そして21世紀へとつながる写真表現を、こちらも機をみてうかがいたいと思うのでした。

12:58 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)

October 13, 2007
  開いた姿だけが花ぢゃないはず(3)

先週借りた本を返却に横浜市中央図書館へ。小腹が減りましたので野毛の立ち呑み屋にふらりと入りましてビール小瓶と、オバチャンがその場で揚げてくださるフライを2品。お腹を満たしてしまいますと帰宅後用意された夕食を摂れず、カミサンに叱られますので、ここはグっと堪え、ほんの少しだけ召し上がることにいたします。
オバチャンにソースは普通の?辛いの?と訊かれ、辛いやつでとお願いします。この辛さがクセになります。
すっかり秋めいた涼しさの中、高温の油がジュウと鳴き、白かったコロモが、狐色になり、ソースに浸かって赤みが増すさまを眺め、そしてときどき細かい雨が落ちてくるのを気にして外を見やると、どおんどおんと太鼓の響きが遠くから近づいてきます。
ナニゴト?
と、思えば、踊りながら太鼓を叩く男性ふたり、ひとりのサンシン弾きに謡い、手踊りをする女性はふたり。沖縄のエイサーです。何故、野毛でエイサー?

どうやら、この晩は野毛流し芸というイベントが行われているのだそうです。大道芸のイベントには来たことがございますが、流しもイベント化しているんですねぇ。
さて、間に合うでしょうか、鞄からカメラを取り出し、フィルムを急いで詰めます。幸運なことに、ここ野毛小路の「立ち呑み処 フライ屋」と、向かいの「ラーメン三陽」に挟まれたところで、エイサーのグループは留まって芸を披露してくださってます。「フライ屋」さんの明かりに頼って「三陽」を背景に数枚レリーズ。

こうしてはいられません、オバチャンお勘定、600円、なんとまぁ。

野毛の路地を巡ってみますと、三味線、ときにそれは津軽だったり、江戸前っぽい音色も聴こえます。着物にアコーディオンを抱えた可愛らしい女性が、路上から、居酒屋の窓の中に向かって唄をうたって、お客のオジサンは大喜びしています。
どぜう屋の店内からは哥さんの高い声、か細く鳴く細棹。むむむ、これは新内節ではないでしょうか。新内流しが似合う町、これは現東京を探してもなかなか見つからないかも知れませんが、ここ野毛ではとても良い感じです。

この非日常な感じが、路地を巡りながら昭和なのか、江戸なのか、そのどちらでもなく、未来のできごとなのか、時間感覚を狂わせます。それが惜しい。
できることなら、この姿が日常であってほしいと、ますます好きになってきた野毛の路地に期待をしてしまいます。
そして音楽的に雑多であることは、もうこの時代ですから、仕方がないことでしょう。それでもこういったなかから、野毛的なものが育まれると、とてもよいことだと思うのです。
あ、エイサーは、ほんのときどき、イベントなどでご登場いただくだけで充分でございます。音が大きすぎますからね。

どこへ行っても、スピーカーから流れる音楽、様々な機器から発せられる電子音、いまその音は聴きたくないと思う他人のケータイ着メロ。そうではなくて、生の楽器と、生の声のよさを、素人さんではなく、玄人の芸で、楽しみたいと願うのであります。

11:59 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)

October 12, 2007
  不変なものなどないかもしれないから、普遍を描きたくなるのかな

アート・フォト・サイト・ギャラリーへ清家冨夫さんの展示に伺いましたら(前回エントリー)、ハービー山口さんの個展の案内が置かれておりました。場所は中目黒とのことでしたので、そこを辞した後、学芸大学駅まで歩き、東横線に乗って向かったのです。
こちらも初めて訪れる処で、目黒川沿いの洒落た一角にございます「CASPER'S Gallery」という2006年にオープンした、まだ新しいギャラリーです。

わたくしが幼少のころ、父の友人が目黒区東山におり、渋谷区鉢山の自宅から上村坂もしくは西郷公園脇を降りて、目黒川、そして山手通りを超え、よく遊びに行ったことを思い出します。当時、昭和40年代前半(1960年代後半)ですが、目黒川は鼠色の汚水が流れ、ところどころ泡が立ち、腐臭がひどく、橋を渡ることがとてもとても嫌であったと記憶しております。
それがよくぞここまで水質が回復したと感じたのは、いまから10年ほど前でしょうか。そして、おそらくそのころからでしょう、この目黒川沿いに洒落た店が出来始めたのは。

さて、ハービーさんの写真展は「1989年東欧 真冬に咲いた花」ということで、壁崩壊直後のベルリン、ビロード革命真っ最中のプラハで撮影されたものを中心とした展示でございました。
ベルリンに限らず、全世界的な東西分断の構造は「変わらない」と思っていましたので、ニュースから流れる映像を見ては、驚きを隠せなかったことを思い出します。
写真はそのような東欧のマスな姿を感じさせるものではなく、より個に焦点をあてた印象が強くでるような構成。時代が変わろうとしている真っ只中の個の姿です。

そのような作品群を観ながら、わたくしは唯一知る東欧出身者、旧東ドイツ、ドレスデンに生まれた音楽家T・Rのことを思い出しました。彼はある日、わたくしが未だ訪れたことがない東欧の街の様子を語ってくれたのです。ドレスデンを始めとする東欧には中世からの美しい街並みが在り、そして社会主義時代の無機質な姿のアパートメントや団地が並列している。さらに最近では西からの文化、ビジネスが恐ろしい勢いで流入し、例えば街中にコカ・コーラなどの看板が突然と聳え立つようになった、のだそうです。この話しを聞いたのは1994年か、95年頃のことです。
そういった状況下で、彼ら東欧人は、あらためて(ナショナリズムという言い方に誤解が生じるならば)アイデンティティを構築する必要に迫られていると。


ところで、毎年、または年に数度と活発に写真展をされていらっしゃるハービー山口さんの展示にはずいぶん久しぶりに伺ったのですが(前回わたくしが訪れたのはHit Onさんが運営されているアートスペース・モーターでのルクセンブルグを撮った展示だったと思います。)、温かく接してくださるそのお人柄はいつもと変わらずでした。
この日も、古くからのファンであるという女性と、ハービーさんの作品を初めて観るという方と談笑されておりました。話題が代官山同潤会アパートのことになり、初めて観にこられた若い女性は(同潤会アパートが)青山に在ったのは知っていましたが、代官山のそれは知らないと云います。するとハービーさんは、ギャラリーに用意してありました「PEACE」というご自身の写真集のページを開き(アップリンク刊の伝説的写真集「代官山17番地」ではございませんでした)当時の代官山アパートのことを教えていらっしゃいました。
そこで会話の中に入れていただき、わたくしは昭和40年代前半にアパート敷地内にあった保育園に通っていたことをお話ししたりしまして、楽しい時間となったのでした。

(ハービーさんの写真集「代官山17番地」について、そしてわたくしの同アパートに関わることは、後日あらためてエントリーしようと、実はかなり以前より計画しており、原稿もかなり下書きできているのです。
それはいずれまた。)


東欧は自由と資本主義経済を手中にしましたが、何か失ったものはないのでしょうか。
中目黒は川の水質がかなり回復し、お洒落なビジネスエリアと、人々が憩う場所を手に入れましたが、これまた失ったものはないのでしょうか。
代官山は同潤会アパートと、そこに住む人たち、集う人たちを失いましたが、代わりになにかを得られたのでしょうか。
ギャラリーを辞した後、そのようなとりとめのないことを考えつつ、中目黒駅に向かって、もう葉はたくさん虫に食われ、いまにもハラハラと舞い落ちてきそうな桜の木が立ち並ぶ目黒川沿いを歩いたのでした。


「1989年東欧 真冬に咲いた花」ハービー・山口写真展
@CASPER'S Gallery(中目黒:地図
2007年10月2日(火)~10月14日(日) 11:00~19:00、最終日は17:00まで

6:00 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)

October 11, 2007
  黒のなかの黒と、白へ至る過程

写真家・清家冨夫さんには「ZOE」というたいへん人気のあるシリーズ(および写真集)がございますが、そのモデルでありますZOEさんと作り上げた時間のネガを再度見直し、発表された「Portraits of ZOE」を目黒のアート・フォト・サイト・ギャラリーで拝見してきました。

今回展示されていた作品群は、アート紙に顔料インクでプリントされたものですが、ツールが変わろうが、清家さんの作家性は揺るぎないものであると認識いたしました。

かつて、このように書いたことがございます。


『ここはシャドウだ、というところには躊躇無く黒く潰す潔さ。そして印画紙の地色に向けてどこまでも粘るハイライト。温黒を描くトーンの美しさはパリの妖気を写しているようです。』


昨年秋、神田明神近くにオープンしたばかりのgallery bauhausにて、「清家冨夫 写真展 SEIKE TOMIO WORKS 1987-2004 モノクロームの時間」を拝見したときの感想です。


さて、今回「Portraits of ZOE」の作品を1点1点追うごとに見えてきたのですが、各々の作品中で、もっとも黒いところは必ず主被写体であるZOEさんの一部にあるのでした。それらは服の部位であったり、手袋であったり、髪もしくは髪の奥にあるシャドウ部であったりしています。
もちろん背景や前景にも明るいところ暗いところはございます。ところが、その環境における明度上のシャドウよりも黒いと意識させるのです。
そのことによりポートレートとして、モデルの存在がしっかりと、わたくしたち鑑賞者の眼に刻印され、造形の印象が強くなっていると感じました。
さらにハイライトからハイエストライトへ至る柔らかな階調、これもモデルの肌や、または身に着けているものに存在するわけでして、がっちりとした黒との対比のなかで、美しく活きているのです。

さらに、もちろん背景や前景が蔑ろにされているはずもなく、柔らかいアウト・オブ・フォーカスで捉えられたそれらは空気感に満ちており、ときに物憂げであったり、ときに意志の力に満ちていたり、その後の時間の濃厚さを予感させたりと様々な表情を見せるZOEさんをうまく包んでいるのでした。

斯様に芸術家というものは、作品の骨格となる独自の手法を持ち、いささかの躊躇もなく繰り返しそれをベースとして肉をつけてゆく。そこに作家性、或いは個別性というものを表出しているのだと、これら撮影されてから20年経たネガからの新しいプリントを拝見し強く感じた次第でございます。

なお本シリーズには、デジタル・プリントだけでなく、展示はされておりませんでしたが銀塩プリントのエディションもあるようでございます。
あくまで想像の範囲を超えるものではございません。かつて見てきた清家さんのプリントからの印象で云いますと、もしかしたら銀塩のほうがハイライトのトーンがよりきれいに出ているのかも、という銀塩好きの勝手な主観もございますが、機会あれば見比べてみたいというのが本音でございます。

この素晴らしい「Portraits of ZOE」の展示は、11月3日(土)まで行われております。
アート・フォト・サイト・ギャラリーさんは、駅からのアクセスが若干不便なのですが、撮影散歩に慣れていらっしゃる方々には苦もないはずです。是非この機にご覧になられてはいかがでしょうか。
(因みに、わたくしは目黒線・武蔵小山駅から徒歩で伺いました。ほんの15分くらいでした。)


「Portraits of ZOE」トミオ・セイケ写真展 -蘇った伝説のポートレート第2章-
@アート・フォト・サイト・ギャラリー(地図
2007年9月14日(金)~11月3日(土) 13:00~19:00 日月休廊とのこと。

8:43 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)

October 10, 2007
  森の湿度

友人のジャズ・ピアニスト、鈴木奈緒さんのライブを観に、久しぶりに山手教会地下「公園通りクラシックス」へ。
彼女が自主制作しましたCD「suite luz」は、わたくしの好みにぴったりで、この1枚があれば、もうパット・メセニー・グループはいらないと思わせるくらい充実した内容なのでございます。
そのアルバムを評して、かつて、このように書いたことがございました。

『このアルバムのために彼女自身がポルトガルで撮影した雰囲気のある写真に囲まれ、そのヨーロッパの古い街に降り注ぐ陽光と、それに寄り添う陰が、日がな一日、時間の経過とともに移ろいゆく様を表したかのような、和音の推移と旋律の交わり、そして時の普遍性とパトスが心地よいリズムに支えらた素晴らしいアルバムなのです。』


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"a struggle for herself"

Nov '05, @Koen-Dori-Classics, Shibuya, Tokyo.
Taken with the canon poupulaire, with the canon L-mount 50mm f1.4 lenz.
Ilford delta 3200 @EI 3200, dev in Microphen-type (stock)
Forte Polygrade V FB, Grossy, dev in Home brewed D-72 (1:2)


さて、この日のライブは「suite luz」の制作を支えたミュージシャン2名を迎え、アルバムを彷彿とさせる世界観を築いてくれるのではないかと、たいへん期待をしておりました。
まずこの日の核となる「森の湿度」という組曲のうち、「春」と「夏」から始まりました。このシリーズは以前にもライブで聴かせてもらっておりまして、「suite luz」に通じるコンテンポラリーな響きに魅了されていたのです。そこに、わたくしは初めて生演奏を聴かせていただく、河井重人さんのギターが加わり、楽曲の聡明さが一層際立った感じがありました。ベースの増根哲也さんも、お馴染みで彼女とのコンビネーションは抜群。この日は派手で目立つような演奏を避けるかのように、しっかりと安定した存在がアンサンブルの中で効き、よい仕事をされておりました。

2部に分かれたプログラムの後半で、「森の湿度・秋、冬」を披露し、クライマックスへ近づいてまいりました。アルバム「suite luz」の中でも、構成上、最大の聴かせどころに位置する「Hyori Ittai」。わたくしこれが大好きなのです。その生の演奏を聴くことができただけでも大収穫。楽曲、アレンジ、即興のバランスが見事な好演でございました。

立ち見が出るほどの大盛況であった会場は日曜日の昼下がりとは思えない、また此処が渋谷の一角であることが信じられないほど、感覚が研ぎ澄まされ、全身で音を享受する時間となりましたこと、鈴木奈緒さんと、共演のお二人には感謝申しあげたく存じます。

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October 7, 2007
  開いた姿だけが花ぢゃないはず(2)

現在居住しております横浜市に隣市より越してきたのが昨年7月。町内会に入会しておりますが、意外なほど活発な町でございまして、子どもを中心にたいへんお世話になっているのです。
ご近所には、娘の幼稚園、同じクラスであったり、同じ通園バス停であったりしたことで、家族ぐるみでお付き合いをさせていただいているお宅もあり、居心地のよい場所となっております。

このような土地で、6日、7日と、地域の鎮守様の秋祭りが行われました。
このあたりは横浜と云いましても「港」を感じられる要素はひとつもない内陸部でございますが、縄文の頃は陸と海の境で、当時の陸地は台地として残っており、いにしえの複雑な海岸線を感じられるところでございます。
わたくしの家は当時の海の底、低地にございます。鎮守様は、低地から階段を上がった、台地の斜面に建てられております。その裏はちょっとした里山を思わせるほど鬱蒼とした林が広がるところ。
6日夜は娘を連れて夜店へ。くじ引きをしたり、焼きそばを食べたり、近所のオジサンに綿菓子をおごっていただいたり、娘と一緒に童心に帰って楽しんでまいりました。
7日は朝から子ども神輿が町内をめぐり、娘はまだ小さいので山車を引いてきました。わたくしはその周囲で娘や、友だちをスナップしていたのですが、友人宅のパパたちは自警消防団に加わっておりますので、神輿や山車の巡る前後で交通整理をしていたり、また隣の奥様は屋台で仕事をしていたりと、この祭りを提供する側として、時間と身体を使っていらっしゃったのが心に残りました。
わたくしも来年は、地域の子どもたちが楽しむ姿を見るために、少しの時間と身体を使って、お手伝いをさせていただきたいなと感じた週末でございました。

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October 5, 2007
  開いた姿だけが花ぢゃないはず(1)

みなとみらい線、日本大通駅を降りてすぐ、昭和4年に横浜中央電話局の局舎として建てられた歴史的建造物内にございます横浜都市発展記念館の企画展示「写された文明開化」を観にゆきました。


わたくしが古写真というものに興味を覚えましたのは、現代において湿板写真を復活させ作品制作に取り組んでいらっしゃる、菅原一剛さんの写真展「MADE IN THE SHADE」を拝見したことが機となったのでございます。
湿板写真とはなんぞや、から始まり、日本の写真開祖と称されております上野彦馬氏による湿版写真感剤製造に関する長崎大学薬学部の記事に圧倒され、念願の上野氏のプリントを今年3月に東京都写真美術館にて鑑賞できたことはたいへん貴重な体験でございました。

さて、ここ横浜は再来年の平成21年(2009)に開港150周年を向かえるにあたりまして、いまからイベントなどが多く組まれております。そのなかで開かれました今回の企画展示、オリジナル・プリントの出品が少なく、写真好きには少々残念な展示ではございましたが、開港当時の横浜の姿を垣間見ることができました。
また上野氏の展示にはございませんでした、ジンチャク(人工着色)写真を初めて見たのですが、作品によってはたいへん美しいもので、特に明治14年、本町通りに写真館を開業し、その明治中期に活躍された日下部金兵衛氏によって制作されました絹の団扇にプリント、ジンチャクされた鼓を打つ芸妓の柔らかい階調と、色調には釘付けにさせられましたこと記しておきます。


横浜都市発展記念館を退館した後、横浜公園を抜け、JR根岸線のガードをくぐり、伊勢崎町の入口をかすめ、大岡川を渡り、野毛へ、そして野毛山を登り始めてすぐの横浜市立中央図書館へいってまいりました。
目的は書棚ではなく、書庫に眠る一冊の本を求めてのこと。
戦後すぐ横浜のアンダーグランドな姿を撮った常盤とよ子氏の「危険な毒花(三笠書房)」を借りるために。

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