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August 22, 2007

  水辺のトーン

かつての東京には多くの水上生活者がいたようです。彼らは彼らの船で生活をしながら、都市機能であった舟運を担っていたのです。貨物を彼らの小型の船に移し、荷揚げ場や直接工場に輸送することが仕事で、その艀ぶね(はしけぶね)が彼らの船であり、家であったのです。今ではほとんどそういった光景をみることはなくなってしまいました。

ところで先週末、地方からの友人を迎え、東京在住の友人とともに散策に出かけました。
まずは有楽町、日本外国特派員協会にて写真展を見まして、そして銀座。中古カメラ屋や、築地場外市場を冷やかしながら、晴海通りを東へ。隅田川。勝鬨橋を渡り、月島まで。

月島でも1号地(中央区月島)と2号地(中央区勝どき)は、月島川と呼ばれる運河に隔てられております。この月島川は狭い運河ですが、それでも多くの船が係留しており、なかには「家が付属している」と思われる船の姿もございました。
散策した日、この河岸では多くの人がボラなどを釣って楽しむ光景がございました。昭和40年に生まれたわたくしにとって、東京の海や川、水路などは、油が浮き、腐臭漂う嫌な場所という印象を長く持っておりました。ところがそういった印象が変わってきた、ああ、水も段々ときれいになってきているのだなぁと思い始めたのは平成になってからです。
それでも若干の油が浮くように見える水面から、此処月島川には数多くの小魚がきらきらと水の上から注ぐ光を反射させながら泳ぐ姿を見ることができました。

月島東岸、隣の4号地(中央区晴海)を見渡せる朝潮運河近くに木材運搬の会社がございましたが、なるほど朝潮運河上、「晴月橋」の附近には護岸から延ばした桟橋だけでなく、浮き桟橋も広く造られて、作業場を感じさせる小屋や、係留された舟の姿を眺めることができ、都市としての奥行きを感じることができました。

この日の首都圏は久しぶりに雲が覆い、散策するには都合よく、月島西側から佃へ、相生橋袂から大川端リバーシティの周囲を堤防に沿ってぐるりと巡り、住吉神社へと。そして佃の水路で、これまた釣りを楽しむ人たちを見て、そうしてやってきた月島東側。
月島の路地はまさに昭和を残したままの佇まいを見せてくれましたが、陽の光が射し込む空模様ではございませんでしたので写真のフィルムはなかなか進みませんでした。路地そのものを撮るというより、わたくしは路地に射し込む光と陰を撮りたかったのです。
唯一白黒写真のトーンを描けたかなと思うのは、朝潮運河に架かります「朝潮橋」から捕らえた運河の寸景でしょうか。プリントしましたら掲載したいと考えております。

posted by mniijima : Aug 22, 2007

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