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子供たちが夏休みに入りましたこの時期、未就学児も入場可能な公演が開かれます。昨年は新国立劇場での子供のためのオペラ公演(参照:Turandot -vol.1、Turandot -vol.2)を観にゆきました。そのときのチケット、実は舞台好きなわたくしの父からのプレゼントだったのです。
そして今年は「バレエを観に行ってこい」ということで、レニングラード国立バレエ団の「親子で楽しむ夏休みバレエ祭り」のチケットを貰いましたので、昨7月29日に「文京シビックホール」へ家族3人で出かけてきました。
わたくし自身、バレエ公演へは久々に訪れます。前回は娘が家内のお腹の中に居りましたとき、5ヶ月目くらいだったでしょうか、同じバレエ団の本公演でございました。コール・ド・バレエ(群舞)が素晴らしいと評判のこのバレエ団でしたから、それなら「白鳥の湖・全幕」でしょうということで、オデット姫やオディールにうっとりするだけでなく、湖畔のシーンでの白鳥たちのシンクロナイズにも息を呑む舞台を楽しんだのでした。
ところで「レニングラード国立バレエ」といいますのは日本だけの呼称でありまして、正式劇場名+団名を日本語にしますと「ロシア国立アカデミー・ムソルグスキー記念オペラ・バレエ劇場バレエ団」ということになります。呼称はソ連邦時代から頻繁に来日しており、レニングラード名称のほうが名の通りがよいことから来たものだと思いますが、街の名がサンクト・ペテルブルグに戻り、もう20年近くになるのですから、いかがなものなのでしょうか。
さて本日の公演はその「レニングラード国立バレエ」のソリストたちによるガラ・コンサート形式、すなわち様々な演目(例えば「白鳥の湖」とか、「エスメラルダ」とか、「ドン・キホーテ」などなど)のハイライト・シーンを集めて行われる特別公演の形式で進行されました。
1:32 AM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
ホクレア号の日本人クルーで、写真家の内野加奈子さんは今年2007年のハワイイから日本への航海で、その最終目的地、日本の島影、正しくは沖縄の島影が見えたとき、自分に見えたものは「はじまり」だったと、旅の終わりではあるのに、そうどんなに自分に言い聞かせても、こころが感じるのは「はじまり」だったと、彼女のブログで書かれておりました。
7月27日金曜の晩、久しぶりに南青山にございますライブハウス「MANDARA」に訪れました。わたくしにホクレア号の存在を教えてくださったアーティスト、Psalmのライブを楽しみにしていたのです。
ここMANDARAは、サウンドにうるさいミュージシャンも多く出演しておりますし、アコースティックものも数多く、Psalmのような25弦琴と、ヴォーカル・パフォーマンスによる音楽も、上手に鳴らせてくれると期待はしておりますが、それでもPsalmをはじめて観たときは完全生音によるライブでありましたので、PAを通した彼女たちの演奏に触れるのは今回で初めて。あの完全生音で伝わってきた心地よい世界観がどれだけ伝わってくるのかは全く未知数なのでございました。
ところがオープニング曲が始まりますと、まずヴォーカルの玉井夕海さんの艶やかで、伸びのある歌声が、しっかりとわたくしの心を捕らえました。拾音が難しい琴の音もまずまずでございました。いや、そんなことはどうでもよくて、かりんさんの、曲とともに流れ、刻み、謡い、跳ねる、琴の調べは創造的で、そのアレンジの秀逸さは琴という古の楽器の、新しい響きを求めて止みませんでした。そしてお二人の声は、上になり下になり、聴かせどころを心得たハーモニー・アレンジを伴って、それを聴くわたくしたちの心を海へ、空へ導いてゆくのでした。
途中、わたしたちのわらべ歌をPsalmアレンジにて数曲披露されるコーナーもありまして、これはどうやらシリーズ化してゆきたいとのこと。レパートリーが充分に揃えば、企画ものの録音物ができてしまいそうなクオリティでしたので、とても楽しみなシリーズとなります。
さて、この夏、彼女たちPsalmは旅に出るのだそうです。8月15日、北海道・二風谷を皮切りに、夕張、札幌、江別。新潟、富山、彦根、一宮、福井・武生、京都、大坂・築港、枚方、神戸、岡山・玉野、今治、高松、福岡、長崎、熊本、そして9月29日天草へと。
この旅を通じて、彼女たちはなにに出会うのでしょう。そして表現はどうなってゆくのでしょう。まったく興味が尽きません。
もしこのブログを読んでくださっている方で、お近くにお住まいの方がいらっしゃいましたら、是非ライブ会場へ行かれることをお勧めいたします。まだ詳細等明確になっていない会場もあるようですので、わたくし宛にメールをくだされば、間にはいって、メッセンジャー役を担わせていただきたく存じます。
またこの旅に先立ち、去る7月20日のライブ(こちらにも行きたかったのですが、仕事が抜けられず残念でした。)より、ミニアルバムのCDがライブ会場で販売開始されました。わたくしもMANDARAの会場にて購入し、帰宅直後聴いてみましたが、ミニアルバムではもったいない、もっともっと聴いていたい気にさせられました。逆に云いますと全5曲のミニアルバムだからこそ、彼女たちの魅力が凝縮され、同時に飢餓感も与えられる内容なのだと思います。

この夏の旅が、Psalmにとって、忘れられない時間となりますことを願ってやみません。
11:59 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
「いま、そこに咲く花(1)」というエントリーをアップしましたとき、最近神楽坂ははちょっとしたブームになっていますというコメントをお寄せいただき、流行に疎いわたくしは最近頓に路地見学者が多くなりましたことを思い浮かべ、ほう、と膝を叩いた次第でございます。
確かにJR飯田橋駅ビル内や、地下鉄神楽坂駅近く坂上の商店街にございます書店をのぞいてみますと、店頭には所謂神楽坂本が、すなわち街や、そこで営まれている飲食店などを紹介している雑誌やムック本がいく種も積み重ねられております。
そういった本を購入することはありませんが、それでも店頭にて、ぱら、ぱらとページを捲りますと、この街を代表するような光景が写真で紹介されております。
事程左様に、この街の景色は多くの人に伝えられており、まだ訪れたことがない方々でも、それらの本や雑誌を手にすることによりまして、此処の風趣の一片は感じ取っているのだと思います。
ところで、わたくしは今週三遍ほど、仕事が終り次第、この街を訪れていました。
少し前より、この街を写すアプローチをはじめ、ようやっとわたくしなりのこの街の伝え方が、その映像イメージが固まってきたのです。もちろんそのイメージは神楽坂本には載らないような種のものでございます。
折しもあれ、25日水曜日からは「神楽坂祭り」が始まり、多くの人で賑わっておりました。撮影はまず月曜日、暗く、人通りの少ない路地にて、露光のテスト。充分にディープシャドウを満たす値を探るべく即現像してネガの様子を確認いたしました。そして水曜、木曜と、祭りのメイン会場であります毘沙門さま、そして表通りだけでなく路地の隅々まで人々で賑わうなか、黙々と撮影をしておりました。
イメージした方向性はよろしいようですが、完成させるまではもうひと息といったところでしょう。このイメージは夏場を逃すと辛くなりますので、この時期が過ぎてしまいますと、また来年に再挑戦ということになります。写真制作とはかくも時間が掛かるものですね。
6:05 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
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"人も草木も盛りが花よ(3)"
July '07, @Tsukuda, Chuo-ku, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 85mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 1600, dev in Kodak X-tol (1:3)
Ilford MG4 RC, Pearl, dev in Home brewed D-72 (1:2)
3:08 AM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
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"人も草木も盛りが花よ(2)"
July '07, @Tsukuda, Chuo-ku, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 85mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 1600, dev in Kodak X-tol (1:3)
Ilford MG4 RC, Pearl, dev in Home brewed D-72 (1:2)
11:56 AM permalink | comments (6) | trackbacks (0)
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"人も草木も盛りが花よ(1)"
July '07, @Tsukuda, Chuo-ku, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 35mm f2 lenz.
Fuji Neopan 1600 Super Presto @EI 1600, dev in Kodak X-tol (1:3)
Ilford MG4 RC, Pearl, dev in Home brewed D-72 (1:2)
※失礼しました。アップしたとき、85mmレンズで撮影と記しましたが、これは35mmレンズでの撮影でした。
11:53 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
さて、家康から江戸向島と呼ばれた洲を拝領した森孫右衛門ら一行は、そこを出身地にちなみ「佃島」と名付け造成工事に取り掛かりました。そして15年もの歳月を掛けまして正保元年(1644)に完成させることになります。漁民(ただの漁民ではなく、軍事行動にも参加していたので海賊であったという説もございます)が測量、土木、建築という専門工事を為してゆくのは、まったくたいへんな事業だったのでしょう。
ところがその特殊技術は、さらに活かされることになります。
彼らは本願寺教団の信徒であったのだそうですが、元和3年(1617)江戸浅草近くの横山町に建った江戸浅草御坊、本願寺別院は、振袖火事と呼ばれる明暦(1657)の大火によって消失しました。
そこで当時の佃島の名主忠兵衛が奔走しまして、佃島に近い海際への移築を働きかけます。そして再び海を埋め立てて土地を築き、すなわち築地ができ、そこに再建し本願寺別院は築地御坊として延宝8年(1680)に完成となりました。
そのころより、佃島では、踊りながら念仏を唱える踊念仏をルーツとする祖先の例を祀る行事を、七月の盂蘭盆の頃に行っておりました。
そして驚くことに、その踊りは現在に至るまで伝承され、今年も先日7月13日(予定では15日までの3日間でした)に東京では唯一、全国的にも珍しい、念仏踊りによる盆踊りが行われています。
3:28 PM permalink | comments (0) | trackbacks (0)
前回のエントリーにて、わたくしの祖父は魚河岸で働いていたことを、築地に移ってからは仲買人として、まだ河岸が日本橋にあったころは、卸し会社の社員であったと記しました。日本橋には魚河岸があったのですね。
日本橋の河岸は現在の日本橋室町1丁目を中心に、さらには現三越新館が建っております本石町1丁目あたりまでのかなりの範囲に広がっていたそうで、往時の活況ぶりが伝わってきます。
「半七捕物帳」の岡本綺堂は「魚河岸の一年(風俗江戸東京物語 河出文庫に所収)」という随筆を書いておりまして、明治のころの日本橋河岸の様子がたいへんよく解ります。
「お江戸の中央(まんなか)といえば日本橋、江戸ッ子の標本(みほん)といえば魚河岸の大哥(あにい)。(「魚河岸の一年」より引用)」でありまして、ここと、吉原だけは別世界、別天地と綺堂は書いております。
またこのころは冷凍技術や、大型冷蔵庫もなかったのでしょう。春以降は魚の鮮度をいかに保つのか、生簀に活魚を放つのは、こういった面での工夫だったようです。
11:59 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
わたくしは祖父の顔を知りませんでした。母方の祖父のことです。いや、写真では見たことがあったかもしれません。しかし幼かったころ、少年だったころを通じて、わたくしにとっての祖父は、実の祖父が亡くなった後に祖母が再婚した人がそうでありまして、実の祖父の顔姿に興味を持ったことがなかった、というのが実際のところです。そのことは、わたくしにとっての祖父から、わたくしが充分な愛を感じ育つことができた幸福からくるものであったと思っております。
実の祖父は、わたくしが産まれる前、昭和37年に亡くなっております。
6:56 PM permalink | comments (8) | trackbacks (0)
更新が滞っておりましたので、最近読んだ本の話しでも。
目黒区と渋谷区を跨ぎます上村坂の話題から、本にお詳しい方より、かつての渋谷南平台の写真が載っております「名作写真と歩く、昭和の東京」(川本三郎著 平凡社 2007年刊)を紹介していただきました。
これは昭和7年(1932)から63年(1988)まで、52名の写真家によって東京で撮られた写真67点を紹介したもので、読売ウィークリーに連載されておりました「東京時空散歩」を加筆、再校正したものとのこと。数々の写真だけでなく、1点1点、川本三郎氏の文章を読めるのが楽しい写真本でございました。
掲載写真を撮っております主な写真家は、(敬称は略させていただきます)荒木経惟、上田正治、木村伊兵衛、桑原甲子雄、牛腸茂雄、須田一政、田沼武能、丹野清、東松照明、土門拳、長野重一、細江英公、森山大道などなど、外国人写真家はHCB、ロバート・キャパ、ルネ・ブリ。昭和ですねぇ。まさにその時代を代表する方々のお名前ばかりです。
continue reading "名作写真と歩く、昭和の東京"
12:02 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
5月21日にエントリーしました「真間から菅野へ(1)」にて、
「葛飾土産」だけはよいとのことで、文庫には未収録のこの作品を読むにあたりまして図書館より全集ものを借りてまいりました。
と記しました。ところがこの「葛飾土産」という作品は、「荷風随筆集 上(岩波文庫)」に所収されておりました。そこでエントリー「真間から菅野へ(1)」には、その旨を追記いたしました。調べが中途半端で間違いを記しましたことお詫び申しあげます。
この文庫には、「日和下駄」をはじめ、「寺じまの記」「深川の散歩」「元八まん」などなど読みたかった作品があれもこれもと収められておりまして、とくに「元八まん」はよかったです。深川からさらに東に向かった荷風が出会ったのは、江戸のころより砂村の鎮守さまとして、現在の江東区南砂7丁目に建ち、深川の富岡八幡の元宮(よって元八幡という俗称があるようです)という説がございます、富賀岡八幡宮。当時の砂町の寂しさが、元八幡の朽廃した社殿に加えまして、夕暮れと、洲崎に向かう女の存在などによってデフォルメされており、なんとも云えない読後感を味あわせていただきました。
10:11 PM permalink | comments (2) | trackbacks (0)
ご由緒が平安期より連なる鳥越神社(台東区鳥越2丁目)。その崇敬者各戸に配られました形代は、各人の無病息災と身の穢れを託され、6月30日の夕刻までに再びお社に集められるのだそうです。
そうして、午後8時より、社前に飾られた茅の輪(ガマの穂で出来た大きな輪)を人々がくぐり、身の汚れをお祓いして参詣をする「茅の輪くぐり」の神事が執り行われます。
翌7月1日、祭壇を飾った御座舟に、前日に集められました形代を積み、柳橋河岸にある全ての船宿の屋形船とともに、大川を上るのではなく、下りゆきて、東京湾の沖合いにて、水上祭の神事が執り行われます。夏越し大祓いです。
初めて見ました。柳橋から、浅草橋を超えて、次の左衛門橋までに並ぶ全ての船宿の屋形船が、鳥越さまの氏子連を乗せ、次々と大川に出てゆく様は圧巻でございました。
ところでこの神事、河岸から見ているのでは実に詰まらないです。これはやはり参加しなくてはと思いますが、横浜市に住むよそ者には、なかなかそのような機会は得られないでしょうね。
次は7月5日に神田明神さまの同様の神事が、これは夕刻よりございます。この日は全船宿をあげてという規模ではないようですが、舟運が寂れてしまった平成の大川におきましては、屋形船が活躍する、そんな時代なのでございますね。
(撮影メモ:7月1日、午前10時ごろより、および午後1時ごろより、Super Presto 1600 @EI 800.)
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