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May 29, 2007
JR市川駅附近は繁華な街でございます。その賑わいから逃れるように少し東に向かい、千葉街道を渡り、消防署からさらに一本東側の路地を北に向かうと、進行方向左側(西側)、丁度消防署の裏辺りに、松の木が茂っているのが見えます。
ああ、市川砂洲であったその上を歩いているのだなぁ。
市川駅からスタートした、わたくしの真間、菅野歩き。広い通り、商店が連なる通りを避けながら、京成真間駅を超え、さらに北へとまいります。しばらく歩くと目の前に護岸がしっかりと固められた川にぶつかりました。
真間川です。川幅はそれほど広くありません。
真間小学校の脇を川沿いに歩き、手児奈橋の架かった交差を右に。この小学校の脇を通る道は「手児奈橋通り」と呼ぶのだそうで、昭和の頃を感じさせる商店が並んでおりました。
その「手児奈橋通り」沿いを少し北へ向かうと、すぐに真間稲荷神社への参道がございました。
稲荷へお参り、そして後ろを振り返り、入り江時代の名残とも云われる「手児奈の池」を撮影、そして手児奈が祀られている「手児奈霊神堂」にもお参りをいたしました。
(click on the image for enlarged)
"習作・手児奈の池 May 2007"
May '07, @Ichikawa, Chiba.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 28mm f2.8 lenz.
Fuji Neopan 100 Acros @EI 50, dev in Ilford Perceptol (1:3)
Forte Polygrade RC, Semi-matt, dev in Home brewed D-72 (1:2)
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「手児奈の池」は蓮の葉に覆われ、ちょうど花の季節でございました。
さて、この池は上記しましたように「真間の入り江」の名残と云われております。何処が名残なのか、甚だ不明なのでございますが、このすぐ北側にある亀井院という寺院さんの裏に手児奈が水を汲んでいたと云われます「真間の井」という井戸がひっそりと歴史を重ねております。そしてさらにその北側は、真間山の断崖。
そこでわたくしは、真間山に蓄えられた雨水が染み出してくる自然の地下水路が在り、その水路の上に「真間の井」、そして「手児奈の池」が在るのではないかと、素人ながら想像を廻らせたのでございます。
posted by mniijima : May 29, 2007
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comments
今度は市川ですか。コメントを書く前に、確か万葉集で「葛飾の真間の手児奈が」という句に覚えがあるので、検索でたどってみたのですがたくさんあってどの句だったか思い出せませんでした。高校で習ったのなら山部赤人かなとも思いますが定かではありません。若い女性が身投げをすると後世まで伝説が残りますね。内の近くにも大磯から町田の小山田にお嫁に来て城が新田義貞に攻められ沼に入水したお姫様の伝説があります。今でもうっそうとしたところで、写真撮ったら幽霊が出そうなところです。
by shoko : May 29, 2007 9:27 PM
shokoさん、
はい、今回は市川に行ってまいりました。もう彼方此方撮りたい処がありまして、町田のほうにも一箇所あるのですよ。
手児奈の伝説に類似したお話しは結構あるようですよ。調べたところによりますと、関西の六甲のほうとか、近い時代(と云っても江戸時代の伝説)ではお江戸、神田のお玉ヶ池伝説とかあるようです。
町田のほうにも入水伝説があるのですね。
ということで、調べてみました。
浄瑠璃姫という方が現長池公園の池に入水したのですね。新田義貞の時代ですか。いろいろとあるのですね。
コメント、興味深い情報をありがとうございました。
by M.Niijima : May 30, 2007 1:22 AM