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May 23, 2007
JR総武線で都心から千葉方面に向かい、都と県の境にあたる江戸川を越えていますと、千葉県側の北の方角にこんもりとした台地があることを確認できます。もっとも目立つのは、その台地上に建つ和洋女子大のタワーですが、それも川を渡りきり市川駅に近づきますと、JR線に沿って建ち並ぶ中層のビル群によって視界から遮られてしまいます。
ところで手児奈伝説ですが、傷心の彼女は真間の入り江に入水したのです。すなわちかつてのこの地には海、もしくは湖があったというわけです。
そこで想像するに、現在のかなり内陸にまではいり込んだところに当時の海岸線があったのではないかということ。真間山のある台地が当時の陸地で、そこから南側は海であったのではないかと思ったのです。
調べてみますと、「真間散歩」というサイトさんの「市川砂洲」というページがたいへん解り易いです。
これによりますと現在流れている真間川の北側まで入り江となっているのが解ります。そしてJR総武線から見える台地が真間台地と呼ばれており、此処が手児奈がいた時代の陸であったようです。
またJR総武線の北側からしばらくは市川砂洲と呼ばれた砂地であったことが解ります。事前に拝見していました「Kai-Wai散策さん」の、エントリーにて、このあたりには松の木が多く見られるとのこと、それらはクロマツの育成に最適な砂地という環境を利用して、江戸時代に江戸城の修復利用のため幕府が植林したことを知ったのですが、先の「真間散歩」さんの地図上に描かれたように俯瞰的に捉えることができますと、ほほう、なるほどと、わたくしの鈍い頭にも反応がよろしいようでございます。
そこでわたくしは、この市川の真間から菅野へかけての撮影ロケハンを兼ねた散歩を、手児奈が入水しただろう入り江と、陸地の境を確認すべく、真間台地上の弘法寺から始めてみようと思いました。
posted by mniijima : May 23, 2007
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