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May 21, 2007
「菅野の記」が綴られた「父-その死(父・こんなこと 新潮文庫に所収)」は読んでいてたまらなく痛い文章でした。幸田文による、父・露伴の最後を綴った文章のことです。
戦後、寝たきりとなった露伴とともに娘・文、孫娘・玉の一家が菅野(現千葉県市川市)に移住し、そこで日ごと死に近づいてゆく父露伴、その壮絶な看護の日々。親子の愛憎、そしてその憎が単に情に絆されることで溶解してゆくのではなく、死に近づき本人以外のものになってしまいそうな父を、走り、汗をかき、つまづき、思い悩みながら看護するなかで、ついに父そのものが見えてくるに至る、強く静かな緊迫が描かれております。決して当時の菅野の地に思いを馳せることができる、そういう呑気な文章ではありませんでした。
さて、永井荷風も露伴一家と同じ昭和21年に菅野に移り住み、人生最後の13年間を過ごしています。ところが荷風を敬愛していた石川淳に云わせると戦後の荷風には読むべきものはないのだそうですが、それでも「葛飾土産」だけはよいとのことで、文庫には未収録のこの作品を読むにあたりまして図書館より全集ものを借りてまいりました。
葛飾とは東京都葛飾区だけでなく、千葉県市川市、埼玉県北葛飾郡などの江戸川流域の広い地域を指しておりますが、荷風が描いた「葛飾土産」は彼の終焉の地となった現千葉県市川市でのことであります。
まさに荷風の真骨頂のような文章、「東京の郊外が田園の風趣を失い、繁華熱閙の巷となった」ことに積憂の情を示し、それでもこの「市川の町の附近に、むかしの向嶋を思出させるやうな好風景の残つてゐたのを知つたのは、全く思ひ掛けない仕合せであった」と綴っております。
そして、わたくしは「真間川はむかしの書物には継川ともしるされてゐる。手児奈(てこな)という村の乙女の伝説から今もつて其名は人から忘れられてゐない。」という箇所でページを捲る手が止まってしまいました。
手児奈という乙女の伝説とは?
(注)イタリック体の箇所は、永井荷風著「葛飾土産」(筑摩現代文学大系 永井荷風集 筑摩書房刊)より引用
※「葛飾土産」=文庫には未収録と書きましたが、「荷風随筆集 上(岩波文庫)」に所収されていることを知りましたので、ここに訂正をさせていただくとともに、お詫び申しあげます。(2007/7/6追記)
posted by mniijima : May 21, 2007
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comments
おはようございます。
私のところにコメントいただき ありがとうございます!
「葛飾の継の手児奈」のことでしょうか?
昔 古典で習ったことがあります。
同時に二人の男性から求愛され どちらをも選べず
継川に飛び込んで死んでしまう乙女のことですね。
どちらかを選べば もう一方の方が嘆き悲しみ傷つく・・・それを恐れたのです。
若い私は 「なぜ 一人を幸せにすると考えなかったんだろう」「自分が死んでしまったら 二人ともを不幸せにするのに」・・・・と とても悲しい気持ちになったのを覚えています。
今の私なら・・・・・・どうなのかしら?
幸せになりたいものですね~!
by 光代 : May 22, 2007 5:12 AM
こんにちは。『葛飾土産』にこんなことが書かれているとは迂闊にも存じませんでした。荷風のみた市川は現在とは異なる姿だったでしょうが、東京の郊外としての布置には長い連続性があるのですね。ご教示ありがとうございます。
by brary : May 22, 2007 9:15 AM
光代さん、
おはようございます。
まさにその通り「葛飾の継の手児奈」のことでございます。
ストーリーは伝説伝承ですから諸説あるようで、求愛したのは二人とも、大勢とも云われています。
わたくしは古典の授業中、寝ていたか、優秀な女子のノートを写したか程度の記憶しかありませんで(汗、、、)
このお話しを習ったかどうか??? です。お恥ずかしい。
複数の男性に求愛された女性の心理というものを理解するにはなかなか難しいのですが、それを理由に入水してしまうというところに、以降の男性、万葉の歌人たちの憧憬の的となったのでしょうね。
コメントをありがとうございます。
by M.Niijima : May 22, 2007 11:27 AM
braryさん、
そうですね。荷風の諦観は彼を東京から外へ外へと導いていったようなところがあるようです。(とはいえ、市川からの浅草通いも有名だったようですが)
このころは、まだ「松の並木の聳えてゐる砂道で」あったそうです。松の並木は現在も残っているように、braryさんもご存知のことかと思いますが、それでも幸田文が書いているように牧場があったような処には、もうどう見ても想像できない普通の郊外になっておりますね。
「葛飾土産」はそんなころの市川の地に思いを馳せることができる文章だと思います。
コメントをありがとうございます。
by M.Niijima : May 22, 2007 11:39 AM