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April 1, 2007
(click on the image for enlarged)
"水辺の風景-ロケハン(5)"
Feb '07, @River Ohyoko, Koto-ku, Tokyo.
Taken with the Nikon new FM-2 with the Nikkor 28mm f2.8 lenz.
Fuji Neopan 1600 SuperPresto @EI 800, dev in Kodak X-tol (1:3)
Forte Polygrade RC, Semi-matt, dev in Home brewed D-72 (1:2)
「洲崎パラダイス」
この名は芝木好子さんの小説と、それを原作とする川島雄三監督、新珠三千代、三橋達也主演による映画「洲崎パラダイス・赤信号」で全国的にも有名となったそうですが、小説「洲崎パラダイス」の発表は昭和29年、映画のほうは昭和31年の公開であり、法律の施行により特飲街が一掃されたのは同33年ですから、最後の栄華を極めた時期だったのでしょうね。
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わたくしは「人の業、男女の業」を描いた、たいへんおもしろい芝木さんの小説は読んでいたのですが、映画のほうは未見。ロケによる当時の姿を見ることができる魅力的な映画のようですが、先日近所のレンタル屋に行ったのですが生憎置いてありませんでした。隣駅へも行ってみようかしら?
さて、当時特飲街であったのは現東陽1丁目の大門通りより東側とのことですが、現在は下町のとても静かなところでございます。ところが、歩いてみると、当時から在ったような、歴史の証言のような素敵な佇まいの建物が2、3軒ほど残っており、感慨深いものがございました。
このエントリーでアップした写真は、洲崎神社から、地下鉄木場駅に向かう途中、大横川を渡る「新田橋」から写したものです。深度が足りておりませんで奥が不鮮明で申し訳ないのですが、大横川はこの先で90度左に折れ、北に向かいます。その手前には写真での右側になりますが、支流が出てゆきまして、こちらが東陽1丁目と木場6丁目の境を流れる「大横川南支川」になります。
この「新田橋」はかつて地元の開業医新田清三郎氏が事故で亡くなった妻のために寄進した私設の橋ということで、当初は「新舟橋」という名称だったのだそうですが、いつのころからか新田氏の名前をとり「新田橋」と呼ばれるようになったとのこと。
その後、大横川の護岸工事を経て、現在では区道橋として平成15年に架け替えられたそうです。その欄干は鮮やかな赤い色にペイントされており、両岸にビル群が迫るこの場所には、たいへんもったいないくらい美しい姿をしております。そう、もっとオープンな場所であったら良いのになぁと思ったほどでした。そしてこの赤い橋は疑うことなくカラー写真向きの被写体だと思います。
posted by mniijima : Apr 1, 2007
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