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April 6, 2007

  花はどこへいったのか(7)

久々の「花はどこへいったのか」シリーズのエントリーになります。当シリーズ(6)にて記しました、幸田文原作、成瀬巳喜男監督による映画「流れる」のDVDをやっと見ました。

映画は昭和31年の公開、白黒作品です。女性映画の名手と云われる成瀬監督だけに出演者が凄いです。田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子、岡田茉莉子、とベテランから若手まで当時の豪華女優陣を揃え、さらに戦前の大女優、栗島すみ子を迎えての絢爛たるキャスティング。
と書きつつ、こういった布陣、そしてこれから書く、映画的内容は、監督が成瀬氏だからということでは決してなく、しっかりとしたマーケティングに支えられた映画会社(東宝)としての方針であったとするのが正解のように思えます。なぜならば成瀬氏は終生撮影所の監督であったからです。

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この映画は幸田文の小説を原作としています。職安から紹介された未亡人「梨花」が柳橋の斜陽となった一軒の芸妓置屋で女中奉公を始め、その置屋で起こるトラブルを通じ、花街そのものや、其処の人々や情けやかなしさを描いているのですが、これを読んでわたくしは、ああ、女性でなければ書けない小説だな、と感じ、そしてその点がこの小説の最大の魅力と思えたのです。
例えば、このような描写がございます。少し長くなりますけれど本文より引用をさせていただきますね。


そういう美しさ利口さは、さすがに花街である、しろうとの町にはないものである。お酒二本のけちくさい註文もそれが適量であるなら、なにも酒屋から金嵩の張る一升壜を買わなくてもいいのだし、お猪口も貸してくれる便宜があるなら、なまじいうちに揃えておいて破ったの欠いたのという面倒くささも省ける。なんと都合のよい習慣にできている土地だろう。だが又、なんとお摘みの大皿の繊細に美しいことか、あわれにはかなく腹の足しにならない美しさである。考えれば、女たちの働く土地である、台所のしごとがこういうように都合よく省かれているのはあたりまえかもしれない。
(幸田文著、流れる、新潮文庫48Pより)


このような点は、花街をもしくはそこで生きる女性を描くにしても、男性では決して書かないでしょうし、気付かないことかもしれません。故にこれはたいへん女性的な小説だと、感じた次第です。
ところが映画のほうではその女性ならではの視線というものが生かされているとは云えません。確かに梨花が使いに遣らされるシーンもあるのですが、どちらかといえばツケ払いが滞っている置屋の買い物は店のほうから遠慮させていただく、というこの置屋の零落ぶりを示す要素として使われております。

では、映画ではどこに主眼点があったのか。
それはまさに女優でした。出てくるのは女、女、女、という原作が原作なだけに、もちろん女優の頭数が求められるだけでなく、その女とは、しろうとの梨花以外は、皆くろうとという設定です。そうとう気合の入ったキャスティングが求められるでしょう。
若く、美しい、売れっ妓「なな子」に岡田茉莉子。彼女の大きな瞳、すっとした鼻すじ、現代においても綺麗なひとだな、と通じるものがあります。
個人的にも借金を抱える老妓「染香」には杉村春子。女将の娘で生意気な「勝代」を高峰秀子が演じています。
そして何と云ってもあっぱれなのが、女将役の山田五十鈴でした。
映画では田中絹代演じる「梨花」はあくまでも媒介役であり、焦点は常に女将に注がれていると云っても良いように思えます。
そして鑑賞者の意識を女将に持ってゆくだけの力が山田五十鈴にはある。彼女のほんのちょっとした仕種、ほんのわずかに唇が開かれたり、首を傾げたり、そういう細々としたところ、それが監督のディレクションなのか、山田五十鈴の自発的演技なのか、判りませんが、なんとも色っぽいのです。
この女将が、置屋の女将としては落ちぶれてきたが、それでも名妓と云われ、芸妓という女の圧倒的な魅力を持つ者として、小説のほうでも触れられています。また引用させてもらいますね。
置屋に居候する米子の子、不二子が熱をだしたときの医師の回診で、注射されるかもしれない恐さから不二子が女将に縋ろうとし、女将が倒れる様を描写したところです。


なんでもないそのなかに争えないそのひとが出ていた。梨花は眼を奪われた。人のからだを抱いて、と云っても子どもだが、ずるっ、ずるっとしなやかな抵抗を段につけながら、軽く笑い笑い横さまに倒されて行くかたちのよさ。しがみつかれているから胸もとはわからないけれども、縮緬の袖口の重さが二の腕を剥き出しにして、腰から下肢が慎ましくくの字の二つ重ねに折れ、足袋のさきが小さく白く裾を引き担いでいる。腰に平均をもたせてなんとなくあらがいつつ徐々に崩れて行く女のからだというものを、梨花は初めて見る思いである。
(同75Pより)


このシーンは映画では使われておりませんでしたが、このような女将の魅力にかんしては小説、映画とも充分に焦点をあてています。映画においては山田五十鈴の存在が光っているのです。
すなわちきちんと入館する客のターゲットを見据え、興行面での成功を考慮したディレクションが機能しているわけですね。
それにしても凄いのです。2時間弱の尺を彼女一人で持っていってしまう、そんな存在の仕方です。

映画の終盤で女将が三味線を浚うのですが、清元補導として清元梅吉の名がクレジットに見えるのですが、元々新派劇俳優の娘で幼少時から常磐津、清元、舞踊などを習っていたのだそうですから、これはアテブリではなく、実演でしょう。絵・音が同期していないのがこの時代の技術的な弱点ではありまして、たいへん残念なことではあるのですが、それにしても良い声で歌っております。三味線のほうもそうとう速い節もありますし、あっぱれなのでございますよ。


さて成瀬氏は終生撮影所の監督と一番最初に書きましたが、すなわち撮影所での成瀬組、チームとしての素晴らしさが、彼の名声を世界的なものにしているという見方もあるようです。この映画でも美術監督の中古智氏の仕事が素晴らしく、わたくしが見たことがない、昭和20年代、30年初頭の柳橋の路地をオープンセットで再現してくれているのです。ああ、こんな雰囲気の路地があったのだなと強く打たれました。
またロケのシーンではJR(当時の国鉄)高架下の様子が見れ、また神田川沿いもワンカットだけ使われております。背景に浅草橋があり、川岸に今もある船宿「井筒屋」さんが見えます。そして道脇にはこれも今でも営んでいらっしゃる老舗和菓子の「梅花亭」さんの看板も。なんだかとても嬉しくなりましたよ。

そして「柳橋」。橋そのものもオープニング・タイトル後、これもワンカットだけなのですが映されています。この橋は昭和4年に現在の鉄鋼橋が架けられました。すなわち細部を除けば現在と同じ姿の橋が、このロケ映像にも存在しています。
それはわたくしが撮影している橋と同じものなのです。

この映画の時代になると、芸妓も日本髪を結わなくなっているようです。
景観は変わってゆき、習慣も移ろってゆく、時代は流れてゆくのですね。
それでも、変わらないものがあるとすれば、それは、とても、いとしいものであります。

posted by mniijima : Apr 6, 2007

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