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December 19, 2006

  花はどこへいったのか(6)

柳橋が舞台となった文学作品を紹介させていただきます。

●幸田文「流れる(新潮文庫)」

いわずと知れた露伴のご息女であられる幸田文氏。不勉強なわたくしはこのたび初めて文氏の作品を読んだのですが、いやぁ、これは素晴らしい小説でした。美しく粋な文体で斜陽になった置屋をめぐるトラブル、人情、かなしさが、そこで女中奉公することになった未亡人の視線で綴られてゆきます。文氏の他の作品も読みたくなりました。

なお、この「流れる」を原作とする成瀬巳喜男監督による映画が昭和31年に公開されており、田中絹代、山田五十鈴、高峰秀子、杉村春子など当時を代表する女優陣によって演じられています。この映画も見てみようっと。近所のツタヤにあるかな?(関係ないけど「流れる」の置屋の女将は「つた奴」という源氏名でした。)

●山本周五郎「柳橋物語・むかしも今も(新潮文庫)」

元禄期を舞台にしたプラトニック・ラブ・ストーリーの極み。
作品中、
    「此処に橋があればよかったんだ」
     参詣人のなかでそんな話をしているものがあった。
    「まったくよ、どんなに小さくとも橋があればあんなにたくさん死なずに
     済んだんだ、なにしろ浅草橋の御門は閉る、うしろは火で、どうしよう
     もなく此処へ集まっちゃったんだ、見られたありさまじゃなかったぜ」
    「橋を架けなくちゃあいけねえ、どうしても此処にあ橋が要るよ」

                   山本周五郎/柳橋物語(新潮文庫)より引用

という箇所が印象的でした。もちろんこれはフィクションでありますが、江戸の大火事で逃げ切れなかった人々の多くが現柳橋界隈で命を落としたことを受けての、群集のなかから聞こえる台詞であります。

と、柳橋を舞台にした小説に浸かったあと、なにげなく谷崎潤一郎の「陰翳礼讃(中公文庫)」を読んでいたところ、その巻末の解説が吉行淳之介氏の筆によるもので、

      花柳界には私は縁がないが、稀に柳橋あたりに招待されることがある。
     このごろの芸者には日本髪の女はほとんどいないが、節分とか燈籠流し
     の日には昔ながらの姿を見ることがある。

             吉行淳之介(中公文庫/谷崎潤一郎/陰翳礼讃 巻末の解説)より引用

という文が! こんなところにも柳橋はその姿を垣間見せてくれました。

posted by mniijima : Dec 19, 2006

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